密会
「ふう、ここが昔の日本か。意外と普通だナ」
翌日、私達は前回と同じ手順を踏んでタイムリープした。目立たない様に和服を着て現代の物は大荷物の中に隠してある。
私達の眼前には見渡す限りの田園が広がり、往来から僅かに逸れた小道に身を寄せていた。
「菩提。こちらには拠点は無いのか?」
「悪いが無い。当然調査の為に訪れた事はあったものの、滞在したのは精々二、三年の事だった物でな」
「それじゃあ、野宿するのね」
凛は肩を落としてぼやいた。
「うむ、とは言え探せば使われてない寺の一つくらいはあるだろう。雨風は凌げるはずだ」
例によって情報収集をしたところ、松江の辺りだと判明した。更に金を渡して斐伊川まで案内してもらった。この上流に八岐大蛇は生息している。河童もその道中に生息しているはずだ。
私達が暫く川を遡上していると、土手の様に盛り上がった丘の上にかなり傷んだ寺があった。
そこを拠点にしようかと中に入ってみると既に先客があった。
内部は一つの空間になっている。その真ん中で中背の男が背を向けて横になっていた。
私達は顔を見合わせそこの寺を諦めることにして、川沿いにとって返そうとする。
「ちょいと、待ちな」
その時、寝転んでいた男が私の背を呼び止めた。
「む、起きていたのか。挨拶もせずに邪魔をして悪かった」
「そんな、小せえ事はどうでも良い。アンタら何者だ?」
「……私達は旅の者だ。雨風凌げる場所を探していたんだ。非礼は詫びる。それでは」
「おいおい、そいつぁ、答えになってねぇなぁ。第一、女子供の渡世人だとぉ? この斐伊川の河太郎。そんな妙ちくりんの与太話で納得すると思うなよ」
男は言いつつもゴザから起き上がりあぐらをかくと、膝を一つ叩いた。
「私達は先を急ぐ。悪いが……」
「何度も言わせるなよ。アッシも暇してた所だ。肴の代わりに旅の話でも聞かせてくれねえかい。それなら、この荒れ寺は自由に使ってくれて良い」
私は顎に手を添えて考え込む。この先、他の荒れ寺が見つかる保証はない。しかし、相部屋の客が居ると現代のキャンプ用品を使えなくなってしまう。これから戦うと言う時に、皆んなを雑魚寝させる訳にもいかない。
「失礼だが。河太郎殿はここをいつ頃出立されるので?」
私は生活感のない寺の中に視線を駆け巡らせながら尋ねた。河太郎はカカカ、と機嫌良く笑って明日には出ていく、と答えた。
「菩提。一日くらいなら私達は大丈夫だ」
雅が私の耳元で囁く。確かに一晩程度ならそこまで士気に影響しないだろう。
「分かった。それでは一晩世話になる」
私は閉めかけていた引き戸を再び開いて、荷物を部屋の隅に下ろすと河太郎の対面に腰を下ろす。
「さてと、それじゃあ何から話して貰おうか。おお、そうだ。折角だから一杯どうだい?」
河太郎は手に持った瓢箪を傾けて酒器に中身を注いだ。トロリとして透明な液体がピンと張り詰めて河太郎の顎を写す。
「生憎だが、私以外は全員下戸でな」
「そうかい、そうかい。なら、酒はお嬢さんに付き合って貰おうか」
私は酒器を手に取りグイッと呷った。苦味と酸味が口に広がり、腹の底がカーッと熱くなる。
「どうだい。美味いだろ?」
「辛すぎだ。好みじゃない」
言いつつも私は酒器を河太郎に差し出す。男は嬉しそうに二杯目を注いだ。
「へぇ、お酒って辛いんだ。唐辛子が入ってるのかな?」
「香織さん、多分そう言う辛いでは無いと思うわ」
私達は舞台を全てこの時代感に合わせて脚色を交えつつ、前回の任務の時の話をした。河太郎はそれを笑って聞いていた。
瓢箪の中の酒が尽きると、外は真っ暗になっていた。河太郎は顔を真っ赤にして一足先に眠る。私達もそろそろ休もうと横になった。酔っていた事もあって、私の意識はあっという間に暗転した。
「嬢ちゃん、おい、嬢ちゃん」
私は河太郎のそんな呼び声で目を覚ました。薄らと目を開け、耳を澄ます。
「う、ん? 河太郎さん? どうかしたんですか?」
香織の声が当惑気味に返した。河太郎は話があると言って香織を連れて外へ出た。扉が閉まった音を聞き届けると、私は静かに身を起こす。
「あら、菩提さんも起きていたのね」
すると、ほぼ同じタイミングで凛も身を起こした。彼女は扉の外に鋭い視線を向けた。
「きな臭いわ。香織さんだけを連れ出すなんて、それに、河太郎と言う名前も……露骨過ぎて一度は見逃していたけれど」
「うむ、後を追おう」
私は香織達を追おうとして寺を出た。しかし、辺りには薄靄が立ち込めており追跡は困難な様だった。
「ちょっと、菩提さん。これを見て」
凛がしゃがみ込んで地面を指差した。私が地面を見下ろすと足の形に地面が湿っていた。これは、河太郎の足跡?
「続いてるわ。追ってみましょう」
足跡は川と並行に土手を進んで行き竹林を抜けて斐伊川の支流まで続いていた。靄の奥に人影が見えて私達は竹林の中に身を細めた。
「あの、話があるって何の事ですか?」
「なあ、アンタ達未来から来たんだろう?」
「ななな、何の事ですか? み、未来なんてそんな訳ないじゃないですか」
河太郎は下手な芝居に頭を振った。
「隠さなくていいやい。アッシも同じ、いや、逆と言った方がいいか」
「幻獣、だな?」
私は竹林から出て口を挟む。
「おっと、アンタらも起こしちまってたか」
凛はまだ姿を現していなかったが、河太郎の視線は凛が隠れている位置を正確に射抜いた。
「目的は何だ? 召喚士の指示なのか?」
「抜かったなあ。まずは、簡単そうな嬢ちゃんからと思っとったんだが。よりによって一番厄介そうなコブが付いてきたか、それも二つ。いっぺんに」
「あら、ご挨拶ね。第一、私達の中で一番丸めこめにくいのは流森さんよ。多分ね」
私は意外に思い溜息を吐いた。同感ではあるが、凛もそう感じているとは思わなかったのだ。
「ま、喜べる状況じゃないのは間違いないわな」
「うむ、それで? 私達の目を盗んで香織に何を吹き込むつもりだったんだ?」
「人聞きの悪い言い方はやめて欲しいモンだな。単刀直入に言えば、この斐伊川の主を倒すのを手伝って欲しかったんだ」
「斐伊川の主……? それって八岐大蛇の事?」
香織がおずおずと手を挙げた。
「話が早くて助かる。奴がアッシら一族を飼い殺しにしやがるもんでな。そのせいでお前さんらの言う召喚士、あのクソガキの言いなりって訳よ」
香織が息を呑む気配がした。これは少々まずい展開だ。
「それじゃあ、脅されて仕方なく私達を襲ってたって言うの?」
「あたぼーよ。河童にも色々あるが少なくとも肥の川の一族は人間には余計な手出しせずにやって来た。それが、あのクソガキが来て以来メチャクチャだ」
「ふむ、しかし召喚士が来た途端に八岐大蛇は君達に牙を剥いたのか?」
ひとまず、河太郎の言っている事が正しいかどうかは裏を取っておきたい。利害が一致するのであれば八岐大蛇を倒す為の貴重な戦力になり得る。
「そうだ。元々、主は上流、アッシらは下流と棲み分けてたんだがな。突然アッシらを襲って女子供を連れ去っていった。今頃どうしてるのかも分からねえ」
「ムス姉……」
見るまでもなく香織は河太郎の言い分を信じきっている。凛は目を細めて思考に集中していた。
「そうか。もしかしたらお前さんらも主を退治に来たんじゃないか? なら、アッシも連れてってくれ、邪魔にはならねえから。信じられねえってんなら他のツレと相談してからでもいい」
「いや、透や陽夏は君が幻獣と知ったら間違いなく話を断るだろうな」
「ええ、アタクシも同感ね。この話はこの場で結論を出すべきだわ」
「それじゃあ……」
香織は私達の言葉を聞いて期待に目を輝かせた。
「かと言って、今直ぐに答えは出せない。幾つか聞きたい事があるんだが」
「分かった。何でも聞いてやってくれい」
「まず第一に主、八岐大蛇は何の為に河童を攫ったんだ?」
私が問うと河太郎は悔しそうに目を伏せた。
「お前さんらは知らんだろうが、アッシら妖怪は他の妖怪を喰らうことで力を増す。特に、同じ土地で暮らすアッシらは主にして見ればこの川の地力を蓄えた恰好の餌になるんさ」
「なるほど。では何故召喚士が現れてから八岐大蛇は力を求め始めた?」
「主はあのクソガキに否定的でな。倒す為に力を求めたんでさぁ」
「それはおかしい。現代では八岐大蛇も召喚士に使役されていた筈だ」
私はすかさず矛盾を指摘した。
「ええ、主はクソガキにアッシらを召喚させ女子供に近づけない様にさせやがった。そして、その代わりとして主もまたクソガキに力を貸した」
「三竦み。と言うわけね。河童と八岐大蛇を分断させ掌握する。あの陰険なガキが使いそうな手だわ」
「り、凛ちゃん。口が悪いよ……」
河太郎の言葉を要約すれば、八岐大蛇は召喚士の打倒を目指している。そこまでは私達と利害が一致するが、主は召喚士を倒す為に現代人や河太郎の一族の犠牲を厭わないらしい。そして、そこをまんまと利用されている。
仮に力を付けた八岐大蛇が召喚士を倒したとすれば積極的に人を襲いはしないだろう。しかし、私にはそれで召喚士を倒せるとは思えなかった。奴を倒すのに必要な事はもっと別の何か……。
「あの、八岐大蛇、さんを説得すると言うのは駄目なんでしょうか? 私達が召喚士を必ず倒すと約束すれば……」
「いや、主は頭が堅いからなあのクソガキを倒せるのは自分だけだと信じ込んでやがる。口説こうとすれば却って逆効果になるんでさぁ」
「うむ、君達の置かれている状況は分かった。それでは最後の質問だ。もし八岐大蛇を倒して君達の一族を救い出せば人間に手は出さないか?」
「ええ、ええ。そいつは勿論」
河太郎はブンブンと頭を縦に振った。
「仮に、今度は召喚士があなた達の一族を拐って脅してきたとしても?」
凛は目を瞑り腕を組んで私の質問を補足する。河太郎は声を呑み、絞り出す様にして唸った。
「それに、頷いてくれないのであれば君達もまた私達の討伐対象だ」
「そ、そんな! それじゃあ河太郎さんが……」
「香織。勘違いするな。私達に他所を憐んでやれるほど余裕は無いんだ」
河太郎はゆっくりと目を開くと弓形に歪めてフ、と笑った。
「アッシは人を見る目には自信がありやす。そして、やっぱりお嬢さんは優しい、心の持ち主の様だ。騙そうとしたアッシの心配をしてくれるとはね」
私達は河太郎の真意を図りかね、思わず顔を見合わせる。
「悪いが、アッシらにとって一番大切なのは同胞でさぁ。もし、あのクソガキに脅されたらアッシらはお前さんらを襲うでしょう」
「……」
香織はただ黙って河太郎の言葉を聞いている。
「しかし、もしもあのクソガキを倒せるチャンスがあるのであれば、アッシらは二の足踏まずに勇んで奴めを倒しましょう。アッシに確約出来るのはここまででさぁ」
もしここで絶対に襲わないなどと言う様なら、話は断るつもりだった。けれど、河太郎の目には確かに香織への敬意が宿っている。
「……分かった。君の言葉を信じよう」
「ムス姉!」
「菩提さん……」
香織は嬉しそうに相合を崩し、凛は複雑な表情で私を見た。
「但し、荒れ寺に居る三人には君が河童である事は明かさない事。その形態でも戦う事はできるな?」
「勿論でさぁ。水捕飴は使えねぇが、斐伊川の横綱と言えば、この河太郎の事ですぜ。主の一匹や二匹、投げ飛ばしてやらぁ」
河太郎はずんぐりとした腕を掲げて見せ豪快に笑った。




