ラーメンショック
穿にそれぞれの武器を模した棒に綿を付けた物を用意して貰った。例外として透はペイントガン、香織は毛織りの手袋を着けている。陽夏は当然、普通のシールだ。
「これより三対三で模擬戦をする。但し組み合わせはAチームに私と凛、Bチームには雅を固定し、それ以外の三人をローテーションで回していく」
私達は白いシャツに淡い色のチノパンを履いていた。そして、武器の綿にそれぞれのチームカラーを染み込ませる。
「三十分間戦闘し、攻撃を受けた回数と部位、幻器の種類からポイントを計算して最後に勝敗を決める。変身して下位スキルだけは使っても良いものとする。当然、攻撃系のスキルの場合はポイントに加算と言う形で対応する」
戦闘不能の要素を考慮しないのは同化による修復機能を見越しての事だ。
「但し、撤退は認める。戦闘区域から全員が出た時点で、ポイントが相手チームの二分の一から三分の一であれば、撤退成功としてそのチームの勝利とみなす」
ポイントの基準に下限も設定したのは意図的に攻撃を受けて基準を満たすと言うやり方を封じる為だ。
「ルールは以上だ。何か抜けがあれば、適宜追加する。何か質問は?」
「はいはい! 何で凛ちゃん達は固定なんですか?」
香織が勢いよく手を挙げた。
「……その理由は時が来たら説明する」
理由としては私の指揮を凛に近くで見てもらい、同時に雅の真価を見極める為だった。しかし、それを今、説明してしまっては二人の成長を阻害してしまうかもしれない。
「ああ、それと特例として私と透を攻撃した際のポイントは通常の二倍とする」
「え、私も、ですか?」
「どうしてなのかしら?」
「事、団体戦において私と透は少々強すぎるからだ。皆んなのレベルが私達に追いつけばこの措置は廃止する」
私は改めて質問を募ったが、手を挙げるものがいないのを見てそれぞれの準備に入るよう言った。
初戦はAチームが私、凛、香織。Bチームが雅、陽夏、透。
穿が試合の開始を叫ぶと、雅と陽夏が早速私に詰めかけて来た。同様に凛と香織も、透を攻め立てる。
私は分身を出し、低く構えられた両手を足場にして二人の攻撃を躱す。
透もまた、香織達の攻撃を完璧に読みきり、躱した。
互いの猛攻は十分ほど続いたが、攻撃が掠りもしない。私は迫って来る二人を、凛の射線に誘導する。
「飛閃!」
放たれたカマイタチがペイントを運び、陽夏の脇腹を一文字に染めた。
「うわ、しまった! 雅、このままムス姉を狙っても埒が開かない。凛達にやり返すぞ!」
「……そうだな、行こう!」
陽夏達が透の加勢に向かい、当然私もそれを追う。そこからは混戦となったが、結局、私と透は一撃も攻撃を貰わず。初戦はAチームの勝利で終わった。
それからも、十分間の休憩を挟んでは試合を繰り返し一日で六戦、こなした。
「ふう、疲れたわね。楽しかったから、やっている時はあまり感じなかったけど、終わってみると遅れて来るわ」
「ははは、凛、おじん臭いナ」
「ひ、ヒーちゃんっ」
陽夏が凛にヘッドロックを掛けられている所を尻目に私は穿に近付いた。
「穿、一つ頼みがある」
「ん? 何よ? やけに真剣な顔して」
「ラーメンが食べたい。二百年ぶりに」
「二百年ぶりに、ラーメン……!」
穿がゴクリと喉を鳴らした。言いたい事は分かる、二百年ぶりにいきなりラーメンなぞ食べれば情報の濁流で頭が爆発してしまうかもしれない。
「本当に、良いの……?」
「ああ、覚悟の上だ。皆んなも良ければ着いて来てくれ。仲間が居た方が心強い」
「本気なんだね、ムス姉。分かりました、一緒に行きます」
香織が私の手を両手で包み込み、励ますようにブンブンと振った。
「ムス姉、よりによって、いきなりドロドロ系のラーメンにしたのか」
「うむ、もし私が死んだら遺灰はアルプス山脈から撒いてくれ、ハンスの時もそうした」
「「ハ、ハンスさん……」」
私達は穿行きつけのラーメン屋に訪れていた。
「はい、お待ち!」
店員が私の目前にラーメンを置く。割り箸を取って麺を持ち上げた。
「ズズズ」
麺を啜ると同時に私の視界が弾ける。無性に叫びたい衝動に駆られ、それを抑えようとすると足がガタガタと震えた。
「結! 痙攣してる!? 大丈夫?」
「アバ、アババババ」
無理に喋ろうとしたら声にならない声が出た。二百年生きて来て初めての経験だった。
「うわあ、菩提さんが壊れたわ! アタクシ写メ撮っとこ」
「り、凛ちゃん。そんな事してる場合じゃ無いよぉ。ムス姉、お水を」
香織が私の口にグラスを付けて傾ける。水が滑らかに舌の上を伝い喉の奥に落ちていった。反射でそれを飲み込むと少し心が落ち着いて来た。
「アババ、か、おり……? 助か、アババ、る」
「菩提、その調子だ! 戻って来い」
「結! 頑張れ!」
姉妹が私を激励する。私は全身から力を抜き、深く呼吸をした。
「スー、ハー、スー、ハー」
「二百年ラーメン食べないと、人間ってこんなになるのナ。他のもの食べた時の反応も気になって来たぞ」
「コラ、ヒーちゃん! 菩提さんで遊ぼうとしないの!」
薄暗い蛍光灯の灯りが眩く感じるほど開かれた瞳孔が収縮していく。
「はあっ、はあっ、はあっ。み、皆んな世話を掛けたな」
「全然大丈夫だぞ! あ、そうだ。ムス姉、陽夏の半チャーハン一口食うか?」
「ヒーちゃん!」「國領!」「陽夏!」
陽夏の提案に透、雅、穿が声を尖らせた。実はチャーハンも結構食べたかったが、食べたいとは言えない空気になってしまった。
二口目からも震える程に刺激的だったが、痙攣までには至らず私は夢中になってラーメンを食べ終える。
「満足してくれた? 結」
「うむ、ただ二百年食べなかったと言う最高のシチュエーションが終わってしまったと思うと少し惜しくもあるな」
「そりゃそうだナ。皆既日食より年季入ってるぞ」
塩分で乾いた喉に再び水を流し込む。すると水は私の全身に染み渡っていった。
「ふう、さてと店主。悪いが奥の個室を貸してはもらえないだろうか?」
「ん? 何だい嬢ちゃん。藪から棒に?」
「うむ、少し内密な話がしたいものでな」
「話? うーん、まあ、今は他に客もいねーし、良いぜ。俺が商売出来るのも嬢ちゃんが戦ってくれてるおかげだしな」
私は穿を盗み見た。私達の素性が知られているとは思っていなかった。
「恩にきる。それでは、一人ずつ今日の訓練の感想を聞きたい。まずは香織、一緒に来なさい」




