特訓
翌日。私達は穿の運転する車で移動し、アスレチックパークを訪れた。
「何だ? 訓練だって聞いてたけど、遊びに来たのか?」
「いや、紛れもない訓練だ。まずは全員、普通にそこのコースを走ってみてくれ。勿論、全力でな」
私はストップウォッチを取り出して一人ずつタイムを測る。最後に私も走り、穿にタイムを測ってもらった。
「よし、それじゃあもう一度走ってもらう。但し今回は簡単なルールを設ける。走っている最中、私が変身と言ったら変身の形態を取り、解除と言ったら変身を解いてもらう。これだけだ」
「それだけ? そんなのが訓練になるのかしら?」
「うむ、それだけなら大した意味は無い。ただ、今回の場合、速く走ってもらう必要は無い。寧ろ、さっき普通にとった記録に可能な限り近づけてもらいたい」
私は全員のタイムを記録した紙を示した。
「う〜ん? それってどんな意味があるんですか? ムス姉」
「幻器は身体能力を強化する。それを車のアクセルに例えればベタ踏みは難しくないだろう。だが、狙った速度を自由自在に出すのには訓練が必要だ。今回はそれを鍛える」
大切なのは強化された身体能力を自分のイメージに落とし込む事だ。日常生活で体を動かす際、一々どんな風に体を動かすか考えたりはしない。それは、それまでの人生で体を動かすノウハウを蓄積しているからだ。
そのノウハウを、強化された状態に流用出来ればパフォーマンスは飛躍的に向上する。
「中世で変身形態で家の掃除をして貰っていたのも、それが目的だ」
私は考えを説明し終えると拡声器のスイッチを入れ音声チェックをした。
「てっきり、こき使われてるだけかと思ってたけど、そんな意味があったのナ」
「でも、それで言うと香織さんは一つも部屋の物を壊していなかった訳だから訓練をする必要はあるのかしら?」
「うむ、タイム次第だな。普通に走った時のタイムとの誤差がコンマ一秒以内なら、他の訓練も用意している。とりあえず測ってみよう。まずは陽夏」
私達は改めてアスレチックを走破した。それぞれの誤差は陽夏がマイナス三秒、透がプラス三秒、凛と私がプラス一秒、香織がマイナス0,0四秒、雅がプラス0,0九秒だった。
「やはり、香織と雅は流石だな」
記録されたタイムを見て透と陽夏は表情を曇らせていた。
「陽夏、透。現時点での結果に一喜一憂する事はない。訓練する前の差は幻器との親和性で生じる。言わば才能だ。そして才能の差を訓練で縮めるのが今回の訓練の趣旨なのだから」
「はい。私、頑張ります」
私は透に頷いて香織と雅の方を振り向いた。
「さっき言ったとおり二人には別の訓練だ。これを」
私は二人に水性のマジックペンを投げ渡す。
「お〜い。この箱、ここに置いたら良いの?」
車から荷物を運んできた穿が間延びした声を出す。
「助かる。さてと、二人にやってもらう訓練はキャッチボールだ。ただし、お互い投げる前にボールに文章を書き、空中でそれを見切って読み上げる事。それと、一度使ったボールは使わずに新しいボールに別の文章を書き、同じ事を繰り返してもらう」
「こっちは割とポピュラーな動体視力の訓練か」
「その通り、これらの訓練は勿論、同化した状態で全力で投球してもらう。二人の距離は最初は二百メートル。もし、二人ともクリア出来たら、その度に距離を半分にしていきなさい」
巻き尺を渡して私はアスレチックに戻った。
それから、私達は三時間訓練を続け、昼休憩をとり再び三時間訓練をして一日を終えた。
その次の日は三世の研究室を借りまた別の訓練を行う。
「わあ! 凄い、これってホログラムですか?」
研究室の中に立体映像が投影され、それを私達六人はそれを取り囲んだ。
「ここにゲームのプレイ映像が流される。皆んなはそれを自由に鑑賞し、敵の姿形を模写する事。絵心は問わない、端的でも敵の造形を表現してくれれば良い」
大きくマジック・キリングと書かれたスタート画面が暗転すると草原の中に中肉中背の青年が立っていた。
「アレが主人公って事?」
「はい! 主人公と言うか、プレイアブルキャラが何人かいるんですけど、あれは魔人バアルと言うキャラです。覇権キャラって言ってゲームバランスを壊してしまう程、強いんですよ」
透は鼻息荒く熱弁する。
「でも、これ友達の兄ちゃんがクソゲーって言ってたぞ」
「うん、ヒーちゃん。バランス調整が終わってるからね。でも、そう言う大味なゲーム私大好き! 菩提さん、これって誰がプレイしたんですか?」
「む? 三世だ。彼もゲーム好きでな、それが講じてこのホログラム投影装置を作るに至ったのだ」
「か、語らなきゃ……!」
透が目を輝かせた所でゲーム内のキャラ、バアルがモンスターと会敵し戦闘を始めた。
「うわ、急に映像が早送りになったよ!」
「うむ、普通の映像では簡単すぎるのでな、戦闘中は三倍速に編集してある」
戦闘が始まると二分ほどで敵のHPバーが尽きて霧散した。
「ふー、これ結構頭使うのナ〜。疲れてきたぞ」
「戦闘は残り九回だ。適当に書いていたら、やり直しだからくれぐれも手を抜かない様に」
陽夏は潰れた様な呻き声を上げたが、最終的に提出された絵はかなり書き込まれてあった。他のメンバーも真面目に書いていた様だが、凛は皆んなとは一線を画する絵の上手さだった。
「わあ、二階堂さん。絵、上手いですね! 良かったらバアルの絵も描いてみてくれませんか?」
「ええ、良いわよ」
訓練を終え、皆んなの絵を公開すると透が凛に頼み込む。
「ふふん、流石は凛ちゃんだね」
「ええ、ありがとう。香織さん」
「?」
凛と香織のやり取りを眺めて私は目を細めた。今までなら香織が凛を褒めた時、必ずチューを要求していたのに……やはり、バフォメットに見せられた悪夢を気にしているのだろうか。
「よし、この後は情報の整理の為に昼寝を挟んで、午後からは昨日やった訓練に移る」
私は一旦意識を切り替え、皆んなに指示を飛ばした。
それからというもの、そんな訓練を三週間続けた。
そして、いよいよ残りの一週間で連携の訓練、すなわち実戦に移ることにする。




