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最終同化

 三世の救出から三日後。私達は再び病院の地下に設けられた研究室を訪れていた。


 「おお、ペン公。三日ぶりだナ!」


 五と書かれた扉を潜ると、三世と穿がいた。開口一番、陽夏が明るく声をかける。


 「うむ、諸君。今回は面倒を掛けたであるな。特に結、我輩の為に指まで切ってくれたとか」


 「全く、無茶するんだから結ったら」


 三世はいつになく神妙な面持ちでお辞儀の様な仕草をして見せた。


 「……しかし、我輩は変えのきく存在。何故、ストックの無い貴公らが我輩のためなどに命をかけたのだ?」


 三世は私の目をまっすぐ見て上目がちに尋ねて来た。


 「まず、前提として言っておくが私が君を助けられたのは偶然だ。救出が失敗していたら躊躇なく殺すつもりだった」


 「当然である。まんまと攫われたのは我輩の落ち度、なのに貴公は我輩を助けてくれた」


 「その上で君を助けた理由を答えるとすれば、召喚士が侵す為に戦っているのと同じく、私達が守る為に戦っているから、だ」


 三世は頷くでもなく私と視線を交わす。一方で私は違和感を覚えてもいた。博士の奪還が余りにも簡単に成功した事が私の頭の中で小骨の様に引っ掛かっている。


 召喚士は本当に幻器が欲しかっただけなんだろうか?


 「分かった。ならば、我輩も我輩に出来る限り諸君らをサポートするとしよう。それでは早速実験を始める」


 そう言って三世は側の機械を操作し始めた。


 「ペンちゃん。それは何?」


 「これは、脳波や心拍、血圧などの要素から精神状態を数値で評価する為の機械である。既に知っているとは思うが幻器との同化の際、ネガティブな感情が強ければ強い程に暴走のリスクが高まる。これは、そのリスクを可視化する為に使う」


 「へえ、でもアタクシ達、同化を使ったりもしてるけど今の所、暴走なんてしてないけれど」


 凛は腕を組み、首を傾げた。


 「うむ、同化は安全性を確保しつつ最大限の力を引き出した形態。実質的な限界であるが故に、余程の事が無い限り暴走はしない」


 「しかし、先の調査任務で私が二百年、調整無しで幻器を酷使した結果、そのリミッターが破損してしまってな、何度か同化形態を越える力を引き出せた事があった」


 「な! あれほど、無茶はするなと言ったのに……」


 雅が呆れて首を横に振った。


 「その形態に名前をつけるとすれば最終同化、と言うべきであろう。しかし、これはあくまでも技術的インシデントである。故にこれを仕様として昇華させるには幾つかの障害がある」


 「精神的な負担、暴走のリスク、そして、強すぎる力は器。つまりあなた達の体までも、傷付けかねないのよ」


 「なるほど。確かに幻器を使って訓練を始めた頃、筋肉痛で動けないほどでした」


 透は顎に手を添えて呟く。


 「うむ、そもそも幻器使いに少女が選ばれるのは、そう言った体への負担を受け入れる際、コラーゲンを多量に含んだ関節部と、しなやかな筋繊維は都合が良いからなのである。ただし最終同化のリスクは未知数。そこで、本日は実際に試してみてデータを収集しよう。と言う趣旨なのであ〜る」


 「なるほどナ。って試すって一体誰が?」


 陽夏が疑問を呈すると、その場の全員が私に視線を注いだ。


 「まあ、当然私だ。唯一の経験者だしな。それで、データ収集の為にその装置を付ければ良いのか?」


 「うむ、ただその前にもう一つ説明しておく事がある。まずは穿、これを頭と指に装着してくれ給え」


 穿が言われた通りに機器を身に付けた。


 「さっきも言ったと思うが、これは感情の強さを数値化する機械である。よって暴走に至る基準値を説明しておくのである。まず、変身形態で暴走の可能性が生じ始めるのはFPが千を越えた時である」


 「FP?」


 「フィーリングスポイントね。多分」


 香織の疑問にすかさず凛が答えた。


 「続いて同化形態の際は五百を越えてから暴走の可能性が生じる。それに対して最終同化時はFPが五を越えた時点で確定で暴走してしまう」


 「つまり、リスクは単純計算で百倍、或いはそれ以上と言う事か」


 「けど、五とか言われてもあんまりピンと来ないナ」


 陽夏が口を尖らせた。すると三世は見越していたかの様に頷き、穿を見上げた。


 「穿よ。貴公の冷蔵庫にあったコーヒーゼリーを食べたのは我輩だ」


 「は?」


 「ペンギンってコーヒーゼリー食べんのか!?」


 「ヒーちゃんっ」


 穿が目を丸くして肩をワナワナと震わせる。機械からピーと音が鳴り六と言う数字を表示した。


 「はい、暴走。なのである」


 「な〜んだ。デモンストレーションの為の嘘なのね?」


 「苦味があっさりとしてクリームもくどく無く、大変美味であったぞ。穿」


 三世は両ヒレを合わせてクチバシを下げた。


 「ペンギン風情がぁ……召喚士に送り返してやる! 着払いで」


 「穿。生物の郵送は規約違反だ」


 「菩提、ややこしいから黙っていろ。姉さ、班長もコンビニスイーツくらいで怒りすぎだぞ……」


 「だってぇ、雅ぃ。この知的生命体気取りの畜生がぁ」


 穿は泣きべそをかいて雅の肩を揺すった。


 「さて、これらを踏まえた上で結よ。試してみてくれるか? 暴走した時の為に、他の五人は戦闘態勢を取ってくれ給え」


 「その前にペン公がウガ姉に戦闘態勢、取られてっけどナ」


 「ヒーちゃんっ」


 私は尚も泣いている穿から機器を剥ぎ取って自分に付け、一先ず同化の形態まで進めた。


 「ペランケン。姉、班長。下がっていてくれ」


 「任せたのである」


 「……う、ん。グスッ」


 同じく同化した五人に囲まれながら私は呟く。


 「制限解除(リミットオフ)


 私の体は温かい光に包まれ、頭の上と腰回りが少しムズムズした。

 発光がなりを潜めて私が機器を見ると、ディスプレイに零と表示されている。


 「ふむ、零か。特に問題は無さそうだな」


 「何? その機器で測れる最低値は一の筈なのであるが……まぁ、結だからしょうがないのである、のか?」


 私は何気なく両手を見下ろしていたが、余りにも反応の薄い五人が気になり視線を振り撒く。


 「ぼ、菩提。お前、その姿は」


 「む? ほう。これは……」


 雅が呆然と私を指差し、凛が手持ちの手鏡を開いて私に向けた。

 真っ白に染まっていたはずの髪は艶やかな黒に、目元のクマも消え、つぶらな赤い瞳が私を見返していた。そして、何より重大な変化は私の頭から生えた獣の様な耳だ。


 腰にも違和感を覚え、指を這わせてみると、腰と臀部の境目あたりにモフモフとした尻尾が生えていた。


 「か、可愛い! ケモ耳菩提さんだ!」


 「うん、可愛いよ! ムス姉!」


 一拍の沈黙の後、香織と透が私に駆け寄って来た。香織は私の尻尾に、透は耳に触れる。

 何だこれは……少しむず痒いが気持ち良い。


 「うむ、2人とも中々良い指遣いだ。これは、ハンスに勝るとも劣らない」


 「「ハハハ、ハンスさん!?」」


 「な、何だ? 何だと言うんだ。この居た堪れない気持ちは……」


 「雅も色々と大変だナ」


 私がうっとりしていると、穿が手を叩いてその場の雰囲気を引き締めた。


 「コホン。結、二人も一旦その位にしてデータを収集しないといけないから、ほら、ペランケンも早くして」


 「うむ、それでは早速であるが戦闘データを取りたい。タイムマシンで過去に跳んでもらうが何か希望はあるか?」


 「ううむ。なら、ムリミュドーイと戦いたい。これから先、召喚士が攻撃に使ってくる可能性が高い」


 私は脳内に収めた召喚士のタイムテーブルを思い浮かべ、そう答えた。

 ムリミュドーイの巣には女王型の個体もいる。群体と強い個体、両方の要素を兼ね揃えた幻獣はデータ収集にも適任だろう。


 「了解した。それから、最終同化時は新たなスキルが解放される。斧を投げると回転する度に推進力が増していき、回収すると一度だけ衝撃波を放出できる。威力は回転数に応じる。スキルの名は、塵は塵に(ヴォルブビート)、だ」


 「威力は使ってみてのお楽しみ、と言うわけか」


 その後、私達は六と書かれた扉を潜り研究室に入って一人でタイムマシンに入った。緊急ワードを決めて再び中世に飛んだ。しかし、地点はヨーロッパでは無く現代で言えばインドの辺りか。


 私は情報収集を重ねて詳細な現在地を割り出すとその地域のドルイドを訪ねた。ムリミュドーイの巣は複数ある。


 丁度、その内の一つがかなり肥大化していたらしく私が巣を潰したいと言うと歓迎してくれた。


 ドルイドに案内され巣の近辺に辿り着くと夥しい数の蟻がコロニーを形成していた。

 ドルイドにはその場を離れてもらい、私は巣を観察する。


 出来れば女王蟻と戦い、蓄積した回転数で巣を一掃したい。


 私が尚も巣を見張っていると、一つの巣穴から卵を持ったムリミュドーイが現れた。私はその巣穴から侵入し、卵を運ぶムリミュドーイを鎧袖一触に切り伏せながら奥へ進んだ。

 何個かの育児部屋を尻目にして私は女王蟻の元へ辿り着いた。女王蟻はサイズこそアラクネと大差ないくらいだったが、その装甲は強靭で獅子独楽では刃が立たなかった。


 「ハァッ!」


 「カチ!」


 私は早速斧を投げた。女王蟻は顎を鳴らし、その攻撃を前脚で蹴散らそうとしたが、推進力を増し続ける斧に絡みつかれて僅かに後ずさる。


 騒ぎを聞きつけた兵隊蟻を素手で相手取りながら、私は女王蟻の様子を一瞥した。


 やがて流石の装甲にもヒビが入り始め、ついに獅子独楽が前脚を切断する。


 斧を回収すると蓄積されたエネルギーで微かに震えていた。加えて、切り落とした女王蟻の前脚を回収し、それを女王蟻の牙の隙間に突き込んだ。


 私の渾身の突きで女王蟻は沈黙する。状況を察した兵隊蟻は怒りを露わに私に殺到したが、平静を乱さずに斧を下段に構えた。


 「塵は塵に(ヴォルブビート)


 私が無造作に斧を振うと、その軌跡を追って衝撃波が迸り、蟻ごと巣を消し飛ばした。深穴から小さな青空が見える。

 威力は神鳴と同等か、それ以上。


 「情報収集はこんなものかな。侃侃諤諤」


 緊急ワードを呟くと私は瞬時に現代に戻った。

 それから、いつも通り検疫と検査を経て今回は特に入院する必要もなく研究室に戻った。


 「三世。データ収集の首尾はどうだ?」


 「うむ、貴重なデータを取れたのである。やはり、戦闘能力は同化の比では無いが仕様として落とし込むのであればもう少し調整が必要なのである」


 「分かった。さて、穿。次の討伐任務はいつ頃になりそうだ?」


 そろそろ、本格的に払暁の訓練を始めたい。外法、即ち最終同化を扱える様になるには今しばらく時間が掛かる。なればこそ正道の方も疎かには出来ない。


 「そうね。それに関しては一任されてるわ。現場の判断に任せる。ですって」


 「分かった。なら、一ヶ月ほど暇が欲しい。今のままでも雑魚くらいなら狩れるが、それだと効率が良いとは言えない。本格的に訓練を始めよう」


 五人は息を呑み私を見返した。


 「訓練は明日から始める。穿、今から私の言うものを用意してくれ」


 「分かったわ。だけどお手柔らかにね」


 「確約はしかねる」


 溜息をつく穿に構わず、私は要求を伝えていった。


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