真意
「ゼロ。バイバイ」
召喚士の声と同時に、轟音がエントランスを揺るがせた。
ショッピングモールを取り囲んでいた幻獣が左右に割れて一つの巨体に道を譲る。
皮や肉は削がれ落ちた、骨だけの巨人。がしゃどくろ。
巨大な右手が、分身を掴もうと、伸ばされたが、それは瞬間移動で躱す。
「お、出たね。瞬間移動、それが前提の作戦なら使い切らせてあげるよ。確か、三回だっけ」
がしゃどくろの体にある大きな空洞を伝って、小型の幻獣も流れ込んで来る。
蟻型の幻獣、ムリミュドーイが凡そ百体。
人型の幻獣、河童が十体。
ムリミュドーイは六本の足でショッピングモールを這い回り強靭な顎をカチカチと鳴らす。
河童も両手を突いて四つん這いで蠢き、口から粘度の高い水を噴き出した。
分身はショッピングモールの吹き抜けを縦横無尽に動き回り、攻撃を躱す。
——二十八分。
たったの一分が、異様に長く感じられた。
「ふふふ、意外に頑張るねえ」
分身は幻獣に触れる事は出来ても攻撃は出来ない。拘束されて仕舞えば、抜け出す事は不可能だ。
がしゃどくろが拳を握り、ムリミュドーイごと分身を殴る。
壁と拳の間に、蟻の死骸が挟まる事で出来た隙間を利用し、分身は間一髪で拘束を抜けた。
——二十九分。
分身が足場にしようとした所に、河童が先読みして糊の様な水を噴射する。
壁にへばりついたそれは、分身を吸い寄せる様に迎えた。しかし、分身の特性が逆に功を奏した。水は固まった泥の様に分身の足を反発して、拘束の意味を成さなかったのだ。
「……何かな、今の動きは?」
流石に変に思ったのか召喚士は怪訝げな声を上げた。けれど、三十分まで、後、十秒。
がしゃどくろは分身に向かって掌底を打ち出した。いよいよ躱しきれずに分身は動きを封じられる。
当然、召喚士はニ度目の瞬間移動を疑うだろう、だからこそ私は分身を消さずに召喚士の背後に跳び、三世と少年の体に触れて更に跳んだ。
「瞬間移動」
「……! 何が起こった!?」
召喚士は初めて、そのソプラノの声に動揺を滲ませた。
「陽夏! 爆破だ!」
「吹っ飛べナ!!」
足元の巨大な瓦礫が赤熱し、溢れ出した爆炎が一気に膨れ上がった。
間一髪で私と三世を助け出した雅の背中まで、爆発の熱は焼き焦がす。
砂埃を多分に含んだ黒煙がもうもうと立ち上った。
「透! 凛!」
「はい!」
「飛閃!」
更に爆心地に向かって二人が攻撃を畳み掛けた。銃弾とカマイタチが正確に交差し、煙を引き裂く。
「駄目! 無傷です!」
煙はまだ沈滞していたが、未来予知を使った透が呻くように叫んだ。
「香織!」
私が呼ぶと、煙の中に香織が突っ込んだ。
無意識で雷の衝撃に備えるも、黒煙から香織だけが飛び出した。
やはり、人間を攻撃するのは、まだ荷が重いか。
「大体は想定してた通り、大した事ないね。けど、そこの赤い眼のアンタ、さっきのはどういう事かな?」
ようやく煙が晴れて、召喚士は余裕綽々と口角を上げた。
「さっきの、とは?」
「とぼけないでよ。アンタは確かにがしゃどくろに拘束されていた筈、瞬間移動で抜け出した様には見えなかった。なのに、アンタは気付くと僕の背後にいた」
召喚士は穏やかに尋ねてきた。
「簡単な話だ。君が私だと思っていたのは分身だった」
「でも、あのペンギンから奪った記憶によれば分身体は喋れないんじゃなかった?」
「私の指を切り落とし、それに無線を括り付けて分身の口に含ませた」
「なるほど。アンタの肉体を介せば分身であっても、他の物体に間接的に干渉できるという事か」
少年は顎に人差し指を添えて、屈託なく笑った。
「……本当に貴方が召喚士、なの?」
「ん? 君は誰かな?」
「私は桑原 香織……どうして、どうして人を襲わせるの? 貴方は何がしたいの?」
「ふふ、面白いね。君だって、たった今僕を襲ったじゃないか」
「……?」
召喚士は香織に向かって一歩歩み寄った。少年の言葉に怪訝な表情を浮かべるのも束の間、香織は喉をゴクリと鳴らす。
緊張が私にまで伝わって来るほどだったが、少女は譲らない。
「召喚士、私は君の質問に答えた。君が狭量な心の持ち主でないのなら、香織の質問に答えるべきだ」
「アンタ達に義理立てする筋合いも無いと思うけど、そこまで言うなら答えてあげるよ。そうだなあ、僕がアンタ達を襲うのは、強いて言えば人間の性ってやつかな?」
「性、だと?」
雅の双戟旗を握る拳から、血が滴り落ちた。
「そうさ。ほら、アンタ達も小さかった頃、虫や小さな生き物を殺して遊んだ事、あるだろう? その行為の動機を敢えて言語化するのであれば、それは安心を得たいからだと、僕は思う」
召喚士は芝居がかった手振りで高らかに訴える。
「人間というのは根源的に安心を求める生き物だ。安心を得るという行為そのものが、莫大な快楽を生むからね。だから、より弱い生命を弄ぶ事で、自分の強さを確認して安心感を得る。……僕も同じさ、アンタ達を蹂躙し、弄ぶ事で自分の力を確認しているんだ。やっている事の規模が違うってだけで、根本的には僕もアンタ達も大差無いんだぜ?」
召喚士の主張に五人は絶句した。
「……香織、これで分かったか?」
「何を、ですか?」
「コイツとは、いくら話しても無駄って事がだ」
「おいおい。酷いなあ。折角アンタ達の質問に答えてやったのに、さて、僕はそろそろ帰ろうかな? それじゃあ、またね」
軽薄な薄ら笑いを引っ込めて、神妙な顔で、召喚士は手を振る。
そして、私達に背を向けて歩き去ろうとした。
「ふん、このまま逃す訳が無いだろう! 攻撃が通用しなくても拘束はできるはずだ」
「雅、やめておけ」
「菩提、何故止める?」
召喚士に立ち塞がる雅を私は呼び止める。
「捕まえたとして、殺せない限りは私達の基地に幻獣が大挙として押し寄せるだけだ。一先ず今回の目的は果たせた。行かせてやれ」
「くそっ」
雅は悔しそうに毒づいた。召喚士は再び歩き出したが途中で足を止めて唐突に私を振り向いた。
「アンタ、他の奴らとは違う感じだ。折角だから、名前を聞かせてくれないかな?」
「菩提 結だ。しかし、君を倒すのは私じゃあ無い」
「ふうん? じゃあ誰が僕を殺してくれるのかな?」
「耳と心をよく掃除して、刻みつけておきなさい……払暁。それが君を倒す者達の名だ」
私の言葉を聞き、召喚士は凶暴な笑みで口唇を歪めた。
「なるほどね。なら、そのお礼に僕からアンタ達に究極の破滅をプレゼントするよ。それまでの数少ない平穏を精々噛み締めるといい。ふふ、あはは、あっはっは」
少年は大きな笑い声を上げながら今度こそ歩き去って行った。
「どう言う事だ!?」
会議室の長机を源田が叩いた。
「菩提 結。君は確かに我々からペランケン博士暗殺の任務を引き受けた筈、それを何故反故にした?」
一ノ瀬が切れ長の目を、さらに剣呑に細めて私に問い質す。
「はて? 反故にした覚えはありません。生憎ですが私の幻器は斧です。遠距離からの暗殺は確実性に欠ける為、召喚士の手から奪い返し、その後に殺す予定でした。しかし、奪い返した時点で暗殺の必然性が疑われた為、経過のご報告に参った次第です」
「そんな屁理屈が通用すると思うのか!?」
源田が再び怒鳴る。私の隣で穿は首をすくめた。
「屁理屈と言われても、暗殺の方法までは指示されなかったので、私に一任された物と思っていたのですが」
「つまり、我々の指示の仕方が悪かった、と?」
顔を紅潮させる源田の隣で、紳士然とした一ノ瀬は目を静かに閉じた。どう処理したものか決めかねているといった風情だ。
「いずれにせよ。我々の指示に背いた君をお咎めなし、と言うわけにはいかない。罰則を受けてもらう事になる」
「そ、そんな……!」
「構いません。ただし、一つ質問させていただきたいのですが、私を罰される根拠は何でしょうか?」
「根拠、根拠だと!? 我々の指示に背いた事で最悪の結果を招く可能性もあったのだ。その責任を取れ!」
源田の横顔を、一ノ瀬が咎める様に盗み見た。私は想定していた答えが返って来た事で内心ほくそ笑む。
「なるほど。了解致しました。しかし、であればそちらも責任を取る必要がある様ですね」
「何だと……?」
「事実として我々は博士の奪還に成功しました。タイムマシンの存在が露見していない事も確認済みです。もしも私があなた方の指示に従っていれば、こうはならなかったでしょう。誤った指示に従った結果、払暁が不利益を被っていた可能性もありました。その責任を取っていただきたい」
一ノ瀬はほう、と呟いた。
「それで、君は我々にどんな罰を望むのかな?」
「公平を期すのであれば、私とあなた方とで共通して持っている物を差し出さなければなりません……つまりは、命です」
「貴様! 我々に死ねと言うのか!?」
「ええ、職務の解任という事になればあなた方に比べて私の地位は低すぎますし、謹慎と言っても中世で二百年暮らした私では、現代の牢は極楽同然ですので」
「ふ、我々に気を遣ってくれた結果、命を要求する、と? 無茶苦茶だな」
穿はハラハラと私と一ノ瀬を交互に見比べた。
「ふむう、流石に二百年の功ですな。十代やそこらの図太さでは無い」
「か、会長!」
その時、会議室の扉が開き車椅子に乗った老爺が膠着を破った。源田が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、ヘルパーと交代して車椅子を押す。
「菩提 結さん。確かに貴女が主張される通り我々にも落ち度がある。しかし、それは貴女も同じ事。非は非、その理が乱されれば組織の運営は立ち行きません」
「……」
「ですので、貴女の主張を呑み我々の落ち度を精算するため、この老いぼれが腹を斬りましょうぞ」
源田が驚きの声を上げた。
「いけません。会長は委員に欠かせないお方です!」
「であれば、貴方が腹を斬るのですか?」
老爺は源田を振り仰いだ。
「ぐぬぅ、そ、それは……」
「……会長。この度の一件は我々と菩提 結との意思の共有がうまく行かなかった事に起因します。それだけの事で、切腹は行き過ぎかと」
「なるほど、それではあなた方は菩提 結さんにどのような罰を望まれるのですか?」
「……これまで以上に召喚士との戦いに粉骨を尽くす、と言うのは如何でしょうか?」
老爺は静かに目を閉じて頷いた。源田は悔しさと安堵の入り混じった表情で口の端を噛む。
「と、言うことのようです。菩提 結さん。異論はありますか?」
「いいえ、ご厚情に感謝します」
「礼には及びません。その代わり、ニ度目は無い。とだけ言っておきましょう」
私は老爺に頭を下げて会議室を出た。
「も、もう! 三回くらい心臓が止まったかと思ったわ」
穿が私に追いついて小言を漏らした。
「第一、博士を助けるつもりだったんなら先に言っておいてくれれば……」
「そう言うわけにも行かない。彼らが言った通り失敗する可能性もあった、その場合私の独断専行という事にしておけば、処罰も私に集中しただろうからな」
「な、何を言うの!」
「百歩譲って罰則などと言うくだらん事に命を捨てるのだとしても、それは私のような老いぼれの命一個で十分だ、と言う事だよ」
穿は立ち止まると私を呼び止めた。
「半年前の菩提 結が死んだって言う言葉に私はもう何も言わない。だけど、今のあなただって私の、黎明の、大切な仲間よ」
「それで、だから何が言いたいんだ?」
「……ここまで言われてこの世に未練を持ってくれないんなら、あんたは最低の鬼畜女よ。って言いたかったの!」
穿の切り返しに私は不意を突かれて目を丸くした。
「……なんだ、今更気付いたのか?」
「……!」
穿の瞳に涙滴が浮かんだ。
「おい、穿」
押し黙る穿の肩を私は軽く叩く。
「な、何よぉ?」
「今のは、笑うところだぞ?」
穿はあっけらかんと暫く呆けて、ゆっくりと俯いた。
「わ…………………のよ」
「え、何だって?」
穿が何かを呟いた。聞き取れなかった私は耳を近づけて聞き返す。
「分かりにくいのよ! アホ結ぃ!!」
少女の大音声が廊下を埋め尽くした。




