対峙
次に私は皆んなから回収した幻器を身につけて分身を作った。すると幻器を身につけた私の姿を、分身はしっかり模倣していた。
分身体は、特性上、私以外の物質に触れる事は出来るが、動かす事が出来ない。例えば普通に幻器を持たせたりすれば、幻器にかかる重力に抗えず、身動きが取れなくなってしまう。
発話する事は出来るが、空気を動かす事が出来ないから音として他者に伝える事も出来ない。
「……ッ」
そこで私は自分の左手から小指を切り落とし、無線機を括り付けて分身の口に含ませた。狙い通り、そうすれば分身でも無線機を持った状態で動ける様だ。
召喚士の言う通り、引き渡し場所に幻器を持って行ったとして、約束通り取引に応じるとは限らない。目の前の幻器を近付く事なく、手元に引き寄せる程度のことなら出来るかもしれない。
だが分身を向かわせればその心配もいらない。引き渡し場所の音声を無線で拾い、このベランダからショッピングモールを俯瞰しつつ会話すれば違和感も持たれまい。
加えて、もしペランケンから一連の詳細を引き出していれば、分身と会話出来ている時点で、それが本体だと信じ込んでくれる可能性も上がる。
私はテストの為、自分はその部屋に留まり、分身だけを病室に瞬間移動で戻らせた。
無線機から五人の驚きの声が届く。
「どこ行ってたんだムス姉。ウガ姉、凄いことになってたぞ」
「う、ウガ姉……?」
陽夏の口ぶりに雅が胡乱気におうむ返しした。
「皆んな、私に変な所はないか?」
「? 何を聞きたいのかよく分からないけれど、菩提さんはいつも通り変よ」
「ちょ、ちょっと凛ちゃん」
「そうか、それは良かった。所で全員体調はどうだ? 戦えそうか?」
皆んなが困惑している気配が無線越しにも伝わってくる。
「それは、ペランケンの暗殺を取りやめる。と言う意味か?」
「何度も言わせるな、それは無い。ただ、折角だから召喚士と一戦交えようかと思っている。それなら、皆んなの方にも否やはあるまい」
「ナ!? いきなりラスボスかよ」
陽夏は喜びを隠さずに、声を上げた。
「危険すぎる。私達がまだ黎明より弱いと言ったのは他でも無い菩提。お前だろ」
「うむ、だが召喚士自体に攻撃力は無い。奴が攻めて来た当時、あらゆる攻撃が通用しなかったらしいが、あくまで自発的な攻撃は幻獣頼み。召喚に必要なリソース……仮に、魔力とでも呼称しようか。奴は収容所の管理の為に大量の幻獣を召喚し、既に魔力の大部分を使っている」
「つまり、召喚士自身が前線に現れる現状はチャンスでもある、と?」
透が私の言葉を継いだ。
「そうだ。引き渡し場所から私の瞬間移動で召喚士を引きずり出して、総攻撃を浴びせてみよう。無敵の秘密が割れるかもしれん。具体的な作戦の内容は明日、幻器を返してから伝える。今日はゆっくり休んでおくように」
私は指示を言い終えると分身を消す。そして、その場に無線機と私の指が落ち、ザザ、と言うノイズを届けた。
無線の回収をどうするか、すっかり失念していた。まあ、これは本番では考慮する必要のない要素だ。病室には明日行くからその時に回収すれば良い。
「ナあ、ムス姉。本当にペン公を殺すと思うか?」
突然姿が消えた為に、私が瞬間移動を使ったと誤認したのか皆んなが私の話をし始めた。
「いずれにせよ、菩提はやると言ったらやる奴だ。それは半年前から変わってないのだろう」
「それにペランケン博士には悪いけど。アタクシ、こうなった以上は仕方ない、と言う気持ちも少しあるわ」
「そ、そんな、それじゃあペンちゃんが可哀想だよ」
雅、凛、香織がそれぞれの反応を示す。
「……あ、あの、私は菩提さんを信じたいです。バジリスク戦の前にあの人は私に言ってくれました。大丈夫、全て上手くいく、って。きっと菩提さんには菩提さんの考えがあるんじゃないでしょうか」
「うん、確かにナ! ムス姉は陽夏や透を助けてくれた。陽夏に至っては二回もだ。ムス姉はムスッとしてて何考えてるか分かんないが、優しい奴だと思う。少なくとも何にも思わずに仲間を殺せる様な奴じゃない」
「流森、國領……確かにな。私も菩提を信じよう」
私は目を瞑り、無線を外した。確かに透が指摘した様に考えはある。しかし、上手くいかなければ、やはり三世を殺すしかない。
私は悪臭の酷い部屋で壁にもたれ掛かり、仮眠を取る。定期的に望遠鏡を覗き、引き渡し場所の様子を窺っていたが、特に変化なく夜が明けていった。
朝になり、私は四時間ほど歩いて病室に戻った。明け方は流石に動いている幻獣も少なく、彼らの目を忍ぶのは難しくなかった。
部屋に入ると香織と陽夏はまだ寝ていたが、他の三人は既に起きていた。
「菩提、今まで何処にいたんだ?」
部屋に入るなり雅が目を丸くして訪ねて来た。透の顔には余り驚きは無く、凛は鼻を摘んでいた。
あの部屋の匂いが私にも移ってしまったか。
私は無線を括り付けた指を拾い上げて自分のベッドに腰掛けた。指はベッドの足の裏に隠れていて、誰にも見つかっていなかったらしい。
「そんな事より、あれから穿は来たか?」
「はい。今、血眼で菩提さんを探してるみたいですよ。昨日一瞬だけ菩提さんが戻って来た話をしたら、すごく怒ってました」
「ふむ、なら、あまりモタモタするのは不味いな。凛、透、早く二人を起こしなさい」
「驚きだわ。菩提さんでも穿さんは怖いのね」
当然だ。
私は心の中で呟く。
そろそろ切り落とした小指もズキズキ痛い。こんな時に穿の説教なぞ聞いていたら、この世に留まっていられる自信がない。
五人に穿の影が無いか探って貰いながら、私達は病院を出て、第八地区から出来るだけ遠くの放棄された街に向かった。
やはり、その街も幻獣の爪痕が至る所に残されている。しかし、幻獣の気配はない。
「ふあ〜あ。なあ、ムス姉。何処まで行くんだ?」
「よし、この辺りで良いだろう。明日、私は召喚士に触れて瞬間移動し、ここに跳ぶ。陽夏は予めこの辺りの瓦礫を爆弾に変えておく事。香織、透、凛の三人も攻撃の準備を整えていなさい。雅は私が攻撃に巻き込まれない様、離脱を手伝って欲しい」
私は近場で最も大きな瓦礫に手を触れながら作戦を説明した。
「分かった。それで、幻器はいつになったら返してくれるんだ?」
「ああ、明日の朝には返す」
昨日の夕暮れ頃に上位スキルを使ったので、後、半日は変身すら出来ない。幻器を装備した分身体を作るには、私自身が幻器を着けた状態で変身する必要がある。
「引き渡しの予定時刻は明日の正午。引き渡しが始まって三十分きっかりでここへ跳んでくる。忘れるなよ」
「分かったわ。十二時三十分ね?」
場所と時刻を示し合わせて、私は五人を病院まで送った。その後、私だけは病室には戻らず、付近のインターネットカフェで時間を潰す。
穿の目を逃れながら夜を明かし、私は五人の幻器を身に付けて獅子独楽に変身した。その後、病室から出て来た五人に幻器を渡し、例のマンションのベランダに向かう。
暫く望遠鏡で観察していると、十二時前に一人の少年が、三世を小脇に抱えてショッピングモールに向かうのが見えた。そのすぐ後ろを分身に追わせる。
「やあ、よく来てくれたね」
少年はまるで、友達にそうする様に気安く話しかけて来た。
「ペランケン博士を返して貰おうか?」
私は無線を通して召喚士に返した。望遠鏡から見る限りでは三世は鎮静剤の様なものを打ち込まれているらしい。召喚士の小脇でグッタリと頭を垂れ下げている。
「なら、そのジャラジャラしたのと交換こ、だ。ほら」
召喚士は黒いポーチを分身の足元に投げ落とした。
「そこに幻器を全部詰めたら、このペンギンと同時に投げ渡す。それで良いよね?」
「うむ、まあ、何だ……ここで見えたのも何かの縁。世間話でもどうだ?」
分身はうなじに手をやり、そう提案した。
「いや、この場所を指定したのは僕なんだけど? そうだなあ、昨日の夜は何食べたの?」
「昨日か、丸一日何も食べなかったな」
「へえ、少しは食べないと体に悪いよ?」
先程からショッピングモールを囲んでいた幻獣が、俄かに殺気立つ。
「ああ」
「……」「……」
分身と召喚士の間に余りにも気不味い沈黙が沈んだ。遠く離れたベランダにいる私ですら若干、気不味い。
「それで? この見え透いた時間稼ぎには何か意味があるのかな? 僕もあまり暇じゃ無いんだけど」
「そう言ってくれるな。今、着々とお前を殺す為の準備が進んでいる所だ」
「へえ、それは面白いね。この辺りに罠の気配は無いけど、君の幻器の上位スキルなら余り関係ないか」
揺さぶりのつもりか、召喚士は私の幻器について知っている様な口振りだった。
いい機会だ。どこまで三世から情報を掠め取ったのか確かめてやる。
「ほう。幻器の事に随分詳しいんだな。せっかくだ幻獣について、教えてくれないか?」
「は? なんで?」
召喚士はつまらなそうに耳を掻く。
「幻獣は倒しても倒しても、新しく攻めてくる。どういうカラクリなのか?」
「ふん。だから答える訳ないって。せっせと幻器を作って、封印してなよ。いくら雑魚を奪われたところで、痛くも痒くもないけどね」
召喚士はそう答えた。これがブラフでなければ、タイムマシンの事までは悟られていないと言う事になる。
私は内心で三世に礼を告げて、思考を次の段階に切り替えた。
召喚士自身に然程の戦闘能力が無いとは言え、完璧に不意を突かなければならない。
一緒に跳ぶには、召喚士に手を触れなければいけないが、それを幻獣に阻まれてしまうかもしれないからだ。
どうにか分身を使って、召喚士と幻獣達に隙を作らなければ。
「確かに幻獣を幾ら狩っても埒が明かない。だから、君を殺る。後、三十分もすれば君は地に這いつくばる事になる」
「ふうん、なら後二十分は待つよ。作戦が成功する寸前で殺したら、アンタはどんな顔を見せてくれるのかな?」
私は懐中時計に視線を滑らせた。針は十二時七分を示している。余りの三分が勝負所か。
「お抱えの幻獣に私を襲わせる、か。ふむ、そう思うと今回はらしく無い事をしたな?」
「何の事だい?」
「君は今まで召喚した幻獣に全てを任せて、後方でふんぞり返っていたじゃ無いか? なのに、今回は自ら敵の前に現れた。腰抜けの君らしくも無い」
「ふふ、へえ、アンタってそんな言葉遣いもするんだあ? 安い挑発に乗る訳じゃ無いけど、ますます二十分後が楽しみになって来たよ」
召喚士は杖を振りかざし、巨大な砂時計を召喚した。
「この砂が全て落ち切った時がアンタの最後だよ」
分身には砂時計を見つめさせ、私は幾十、幾百とレンズと時計を交互に見比べた。
そして今、長針は二十六分を示し、秒針は五十七、五十八、五十九——、
「ゼロ。バイバイ」




