ペランケンの暗殺
「何という事だ。みすみす博士を誘拐されてしまうとは」
髭を蓄えた男が頭を抱えた。男の胸元には一ノ瀬 茂とある。
「召喚士が操る幻獣の中には記憶を読み取る物もあると言う。幻器の情報はともかく、タイムマシンの事を知られる訳にはいかんぞ」
そう付け加えたのは、一ノ瀬の隣に座る禿頭の男。名札には、源田 哲とある。
長机に数人の男達が膝を突き合わせて深刻な空気を醸している。私は穿の隣に立ち、話し合いに耳を傾けた。
「それで、召喚士の要求は?」
「は、ペランケン博士の身柄と引き換えに全ての幻器を渡せ、との事です」
「ふうむ、到底呑める要求では無いな。やはり、博士の暗殺の線で話を進めるか」
穿が簡潔に答えると男の内の一人が溜め息を吐いた。
「お待ち下さい。博士の能力は有用です、博士がいなければ払暁のサポートもままなりません」
穿が反論すると、一ノ瀬がすかさず切り返す。
「確かに引き継ぎのタイムラグは惜しいが、博士の知能が失われるわけでは無い。彼の脳の複製が幾つかある筈だ」
そもそも、3世自体がオリジナルの博士に作られた複製体だった。
「それは、確かにそうですが……」
「確か、菩提 結と言ったな? 貴様はこの状況をどう見る?」
穿が返答に困り果て、源田は隣の私に視線を滑らせた。
「……機密の流出も、博士の不在も、払暁のパフォーマンスの低下を招くでしょう。しかし、機密の流出は恒久的な変化です。やはり、こちらを何としても防がなくてはなりません」
「了解した。どうやら榎本部長は博士の暗殺に否定的の様だ。今作戦に限って払暁の最高指揮権を菩提 結に移行する。幻器は渡さずに召喚士の手元にあるペランケン・シュタギン博士を暗殺せよ」
一ノ瀬は厳粛な雰囲気を纏い、告げた。私は目を閉じ軽く会釈する。
「かしこまりました」
「ちょっと、どういうつもり? ペランケンだって私達の仲間じゃ無い! それを殺すなんて」
会議室を出てしばらく歩いたところで穿が私の肩を掴み、叫んだ。私は口を閉ざしたまま、肩越しに穿を振り返る。
「博士が死んだら、あなたの言ってた外法だって日の目を見ないのよ」
「その件はペランケン四世に私から伝えればいい、更に時間が掛かってしまうのは痛いが。致し方あるまい」
「雅達にはなんて説明するつもり? あの子達は絶対首を縦に振らないわよ」
「それなら、私が一人でやるまでだ」
断言するも、穿はまだ食い下がる。が、私はまともに取り合わず、病室まで戻った。
「あ、ムス姉! 話はどうなったんですか?」
「うむ、ペランケンの暗殺任務が下された。今回に限っては私が仕切る」
「ナ!」
「そんな」
香織と陽夏が呻いた。私はそれを黙殺し全員のベッドの脇にある幻器を拾い上げる。
「それで、穿。三世の受け渡し日時と場所は?」
「明後日の正午。第八地区のショッピングモールの東出口、入ってすぐのエントランスだそうよ」
「……! 陽夏が住んでた場所だ!」
陽夏が弾かれた様に声を上げる。
「それは僥倖だな。第八地区なら地理もある程度把握できている」
「ちょっと、菩提さん。貴女の獅子独楽なら博士を救出する事だって不可能では無いんじゃ無いの?」
凛が出し抜けに手を挙げ尋ねた。
「可能性はある。しかし、救出を前提に動くわけにはいかない。三世の暗殺は既定路線なのだ」
「そ、そんなのあんまりです! 私達が戦えるのはペンちゃんのおかげなのに」
「はい、私もペランケン博士を見捨てたくありません。お願いします菩提さん!」
「ふむ、ならば君達も作戦からは外す。私の命令を聞けないなら居ても邪魔なだけだ」
香織と透がベッドから降り、点滴の支柱を頼って私の目の前に詰め寄る。しかし、二人の懇願を、私はにべもなく切り捨てた。
「菩提」
雅が心配そうに私を見つめる。
「結。あんた、どうしちゃったって言うの? 二百年の間に何があったのか私には分からない。けど昔の結は……」
「この前も言ったが、半年前の菩提 結は死んだ。いくら過去の話をされたところで今の私に出来ることをやるまでだ。それと、穿、無線機を貸してくれイヤホンとスピーカーが別々のタイプで頼む」
私は話を終えると病室を出た。
「そ、それは良いけど、って結? 話はまだ終わってないわよ!」
私は追いかけてくる穿を無視し、回収した幻器を身に付けて獅子独楽と同化した。
「ちょっと結、聞いてるの? ねえってば——」
「瞬間移動」
私はまず哨戒班の備品室に跳んだ。そこで、余っていた望遠鏡と地図を借り受け、更に放棄された第八地区の近所に跳ぶ。
第八地区からは物音一つ聞こえてこないが、かつて捕虜を戒めていた巨壁は健在だった。開け放たれて、所々が錆びついた巨大な門戸に触れる。
「よくよく考えてみると。これ程の物を二年足らずでどうやって完成させたのか」
懐かしさからか、私は誰へともなく独りごちた。
内部に足を踏み入れると、時代錯誤も甚だしい光景が広がっていた。いや、寧ろ二百年間、中世にいた私には馴染みのある景色とも言えるか。懐かしく感じたのも、その為かも知れなかった。
マンションや、ショッピングモールなど大きな建物は残されていたが、小さな建物は全て取り壊されており。前時代的な様式の新たな木造建築が乱立している。
私はまず、召喚士が引き渡し場所に指定したショッピングモールを慎重に下見しに向かった。陽夏の話によれば、そこは主に人間が住んでいたらしい。その為、余り荒れていない。
段ボールやパーテーションなどで幾つものスペースが区切られている。
徐に一つのスペースの内部を覗き込むと、洗面器やタオル、ローテーブルが雑然と置かれていた。申し訳程度に、花の生けられた花瓶が空間に彩りを与えている。
囚われていても尚、しっかりと生活していたのだと思うと、頼もしくもあり、痛々しくもあった。
そして、今も尚、第七〜第一地区には同じ様な状況で生活を強いられている人々が山程残っているのだ。
私は一通りショッピングモールのエントランスを見て回ると、外に出た。歪な木造建築に遮られた空を見上げて、何とかエントランスを見張れる高所を探す。
エントランスから見て北西にあるマンションが、監視に向いていそうだった。私は早速、現代らしい高層建築物へと足を向ける。
マンションはモダンな様式だったが、どうやら幻獣達の住処になっていたらしく、動物園の様な強烈な匂いが立ち込めていた。
管理人室からマスターキーを拝借し、五階へと上がる。しかし、幻獣達は最初から部屋の鍵を壊して使っていた様でマスターキーの出番は無かった。
適当な部屋に入ると、中も酷いもので、毛や、食べ散らかした生ゴミが散乱している。
私は部屋の掃き出し窓を開け放ち、ベランダに出て、望遠鏡を設置した。スコープを覗いてみるがその部屋からではショッピングモールのエントランスを見る事が出来なかった。
その後、私は幾つかの部屋を渡り歩く。
理想的な監視場所を見つけた頃には日が沈もうとしていた。
「さて、後は……」




