バジリスク戦・終
私はそう叫び、バジリスクの威容を見上げた。
「香織! 奴の側面を殴って注意を引け、バジリスクが香織の方を向いたら、陽夏はバジリスクの右側面、透は雅達に近寄りつつ尾の蛇を攻撃!」
「「「了解!」」」
私の指示通り香織が注意を引き、雅と凛の石化が解かれた。二人にはそのまま攻撃する様に伝える。
陽夏が所定の位置まで移動を終えるとバジリスクは人数の集中している透達の方を振り向いた。そのタイミングを見計らい私は残り一度の瞬間移動で視界から外れ、陽夏を攻撃しようとした尾の蛇を側面から斧で弾き飛ばす。
蛇自身の勢いと相まって、それはグルリと半周しバジリスクの視界に映った。それと同時に、巨大な鶏は石化する。
「香織! こっちへ走って、斧を足場にジャンプだ!」
バジリスクは視界に映ったものであっても任意で石化を解除できる。けれど、それには数秒のタイムラグがあった。指示通りこちらへ走ってくる香織を私は斧で空へと打ち上げる。
「香織! そのままトドメだ!」
「はい! ニーベスベルグ、アタシに力を貸して」
上空から香織が迫る。そして、その一瞬前に全員の石化が解かれた。バジリスクは素早く首を三百六十度回した。すぐに一人姿を消していることに気付いたのか、すかさず頭上を見上げようとする。だが、もう遅い。
「皆んな! 目と耳を塞いでその場でうずくまれ!」
私自身が命令を飛ばしながら手本を見せる。
「轟け、神鳴!!」
香織がそう叫ぶと一瞬の静寂、そして閃光が弾けた。衝撃波が草花を押し除けて周囲を囲む岩壁に亀裂を走らせる。立ち上がると、塞いでいたにも関わらず耳鳴りが止まなかった。
目の前には焼き焦げたバジリスクが燃え盛っている。二百年前に見たきりだと言うのに、私の記憶に刻まれていたニーベスベルグの上位スキル、神鳴。使用者が穿だった頃の測定によれば威力は実に雷鳥の五十倍にも及ぶと言う。
「うっひゃ〜、こりゃスゲーナ。一撃じゃんか」
陽夏は手を庇にして燃えた肉の塊を見上げた。神鳴の威力に圧倒されたのか、笑うのも忘れて感嘆している。
「姉さ……班長の頃と変わらず。凄まじいな」
「やったわ香織さん! 大活躍ね!」
凛が嬉しそうに香織に駆け寄るも、やはり香織は複雑な面持ちを浮かべていた。
「おお、透! やったナ。陽夏達の勝ちだ」
透が陽夏に歩み寄る。サイドテールの少女はハイタッチしようと、手を掲げた。
「……ヒーちゃん、何であの時、緊急ワードを言わなかったの?」
しかし、透はそれには応じずに深刻な声で問いかけた。
「え、いやあ、それは……でも、ま、ムス姉が助けてくれたんだからセーフだナ」
「茶化さないで! 菩提さんが居なかったら、ヒーちゃん死んでたかもしれないんだよ!?」
真面目に取り合おうとしない陽夏に透が声を荒げた。
「そ、そんなに怒んナって。次は気を付けるから」
「そう言う問題じゃないよ! あの時、緊急ワードを言うくらいなら死んだ方がマシって思ったんでしょ? ワードは変えれば良いけど、現代で戦う時に同じ状況になったら、命乞いしてでも助かろうとしなきゃ駄目!」
「そんなの、幻獣が聞くわけないだろ。無駄に陽夏がカッコ悪くなるだけだ」
「分かんないでしょ! 気まぐれで見逃されるかもしれない! 私はヒーちゃんが自分の命を大切にしない事に怒ってるの!」
透はさらに一歩詰め寄ったが陽夏は決まり悪そうにそっぽを向く。言い争う透と陽夏の間で香織がアワアワと狼狽えている。
「ナんだよ……陽夏を助けたからって偉そうに! 生き方も死に方も陽夏が自分で決める! 透に陽夏の何が分かるんだよ!」
「國領!」
陽夏の口振りに見かねた雅が声を尖らせた。しかし、私は雅の腕を掴み視線で見守る様に促す。
「……分からないよ。私、ヒーちゃんの考え方、全然分からない。でも、だからこそ憧れてるの、大好きなの、死んで欲しくないの」
「と、透……」
「私はね、一般論で命を大切にしろって言ってる訳じゃないんだよ? ただ、私の命の価値とヒーちゃんの命の価値は違う。ヒーちゃんの命の方がずっとずっと価値がある。だから、私なんかよりも先に死んで欲しくない。ただ、それだけなの」
「……そんな事ない。陽夏だって、透の事が大事だ。死んで欲しくない」
透は目尻に涙滴を浮かべ儚く笑った。陽夏はさっきの言葉を後悔しているのか、暗い表情で首を横に振る。
「ごめん透。酷いこと言って、気軽に透の言う通りにするなんて言えないけど、考えてみるよ」
「ううん、私こそ怒鳴っちゃってごめん。ありがとう」
「ハァァ〜、仲直り出来て良かったぁ」
香織が大きく息を吐き出し、その場にしゃがみ込んだ。
「全くこんなに香織さんを心配させて、あなた達、香織さんにも謝って!」
「り、凛ちゃん!? 新たな火種を投下しないでよ! 私は大丈夫だから」
「あら、そう?」
凛は不承不承に引き下がった。空気が和らいだ所で私は一つ手を叩き注目を集める。
「皆んな、聞きなさい。確かに今回、陽夏の行動は褒められたものではなかった。ただし、それは陽夏だけの責任ではない。今回窮地に立たされたのが偶然陽夏だったと言うだけだ。他の誰でも有り得た。それ程までに、君達は弱い」
私の言葉で再び五人の顔に緊張が走った。
「既知の相手。それも、こちらに有利な状態で戦闘を始めたにも関わらず十分かけても倒せなかった。かつての黎明であれば、五分も掛からなかったというのに」
「五分!? マジかよ!」
「それって、本当に?」
「ああ、國領、桑原。事実だ」
雅は腕を組み、小さく頷いた。
「雅には一度言ったが、払暁の個々人の能力は黎明の水準を遥かに超えている。と、私は見ている。にも関わらず実際のパフォーマンスは黎明に遥かに劣る。理由は幾つか挙げられるが、まず第一に練度が足りない」
「練度……」
透がどこか納得した顔で呟いた。
「お互いに次に何をするか、何処へ行くか、どうして欲しいのか。それを言葉無しで察する事が重要だ。透ほど洞察力に優れていれば問題無いが、それ以外の面々は、やはり、まだまだ戦闘経験が足りていない」
「そう言われてもナ。こればっかりはすぐには無理だぞ」
「うむ、では、それとは別に今すぐ改善出来る問題点を挙げよう。それは、雅。君だ」
私は雅の黒瞳を真っ直ぐに見据えて言った。
「榎本さんが……?」
「そうだ。私が抜けた時皆んな払暁のリーダーは誰だと思っていた?」
「アタクシは榎本さんよ」
「アタシも雅さんだと」
「陽夏もだ」
「私もです」
雅を除いた四人が声を揃えた。
「それで当の雅は?」
「私は……特に考えていなかった。単にリーダーの菩提が抜けた状態としか……」
「うむ、だろうな。それこそが払暁の第二の弱点だ。雅、君は気付いているはずだ。自分が周囲にどう思われているか」
雅は軽く顎を引いた。私の言葉を受けて深く考え込んでいる様だった。
「しかし、現に今の払暁のリーダーは菩提、お前じゃ無いか」
「雅、これは一種の集団心理。平たく言えば思い込みの話だ。実際に言葉で私がリーダーだと言って聞かせてみても、そう簡単に先入観を覆す事は出来ない。言葉を選ばずに言うのなら、私が払暁を指揮する上で、今の君は邪魔なんだよ」
「な!?」
雅は大きくたじろぎ、目を伏せる。
「君の輝きが強ければ強い程に、チーム全体の恐怖が薄れ緊張が緩み、正常な判断力を失う。適度な恐怖は、時として重要な武器になる。しかし、今の君はそれを鈍らせてしまうんだ」
何も言い返せずに雅は双戟旗を握り締めた。
「で、でも、先程の戦いでは菩提さんの指揮通りに動いてバジリスクにも簡単に勝てましたわ。榎本さんが邪魔だなんて、アタクシには……」
「さっきも言ったが、バジリスク程度には簡単に勝てて当たり前なんだ。それに、暫くすれば私は払暁を抜ける事になる」
全員の表情が陰った。
「な、抜けるって、どう言う事ですか?」
香織が私に迫った。
「ふむ、言葉のままだ。私は二百年任務に就いていたのでね。さっさと払暁を完成させて引退したいのだよ」
「そんな……それじゃあ、次のリーダーは誰になるんですか?」
「まさにそれを決める為に今回は五人だけで戦ってもらったのだが、正直まだ決めかねている。どのみち上層部や穿とも相談する必要があるからな。……さて、話が逸れたな。そう言うわけで新リーダーの為にも雅には、欠点を解消して貰いたい」
私の言葉に雅がぎこちなく頷いた。二百年前、過去に戻る前の記憶はやはり不確かだが、ここまで頼りない榎本 雅の姿を見るのは、初めて……の様な気がした。




