訃報
それから二日後、私達は獅子独楽の上位スキルで家に戻り、一日いつも通りの生活を送った。
私の部屋でベッドから身を起こすと雅が目を瞑ったまま身じろぎする。
中世に来てから食事は私が作っているので、必然的に朝は早く起きないといけない。
薄らと白み始めた空を横目に、私は雅を起こさない様にベッドから降りた。
「むぅ、菩提……?」
「おっと、起こしてしまったか。済まない雅。もうしばらく寝ていなさい」
「いや、良い。偶には私も手伝おう」
「そうか? では、頼む」
私は雅と共に服を着替え下に降りた。キッチンの作業台に取り付けられた窯に火を入れる。
「それで、私は何をすれば良い?」
「まずは肉と野菜を切ってくれ。パントリーの場所は分かるか?」
「ああ、大丈夫」
雅はそう言い置いて外に保管してある干し肉と野菜を取りに行った。バスケット一杯に食材を乗せて雅が戻って来ると、私達は暫く無言で作業に没頭する。
「雅、そういえば現代で黎明の連中を見かけなかったが、三人は今も元気か?」
こねたパン生地に濡れ布巾を被せて私は口を切った。
「……姉さ、姉さんから聞いてないのか?」
どうやら、私と二人きりの時は穿を昔の様に呼ぶ事にしたらしい。
「ああ、色々と忙しくてな」
「いや、そう言う事じゃ……やっぱり良い。気にしないでくれ。それで三人のことだけど、死んだよ」
「何……?」
「國領達に幻器を引き継ぐと三人は田舎に帰って年金生活するって息巻いてた」
幻器使いとして幻獣と戦い、兵役を満了した者には一生涯に渡って年金が支給される事になっていた。
「そして、言葉通り長野行きのバスに乗ったんだが、そのバスが突然幻獣に襲われて、なす術もなく殺されたらしい」
私は驚きで息を詰まらせる。
「……済まない。獅子独楽があれば助けられたかもしれなかったのに」
「いや、バスとの連絡が途絶えてから皆んなが発見されるまで三日掛かった。獅子独楽があってもどうにもならなかっただろうな」
心なし、雅が包丁を持つ手に力がこもった気がした。
「三人の死体には幻獣の血が付着していたそうだ。引退して幻器も無かったのに、三人は他の乗客を守ろうとしたって事なんだろう」
「その事、香織達は知っているのか?」
「いずれは話そうと思っている。ただ、今はまだ話していない。何せ襲撃は幻器が引き渡されて一週間経たない頃だったからな。詮無いとは分かっていても自分を責める者が現れるかもしれん」
私は首肯の代わりに目を閉じた。
朝食の準備があと少しで終わろうと言う時に二階から一斉に四人が降りて来る。
「おはよ〜、ムス姉、雅」
「おはようございます。すみません。いつも作って貰って」
「構わん。好きでやっている事だ。気にするな」
人が増えキッチンが一気に賑やかになった。先に体温を記入させ、その間に食事をよそう。
「わ〜、今日も美味しそうだね。凛ちゃん」
「ええ、食材も調味料も、そこまで豊富じゃ無いでしょうに、毎日よくここまで出来るわね」
「そう難しくは無い。こちらで二百年ほど主婦をすれば。それに今朝は雅も手伝ってくれたしな」
皆んなが食事を始めるのを見届けて、私は口を開く。
「皆んな、食べながら耳だけ傾けてくれ。次に戦う幻獣の事についてだ。名前をバフォメットと言う、いわゆる悪魔だ」
皆んなは食事の手を止めて私の顔に視線を注いだ。悪魔と聞いてはおちおち朝ごはんなど食べていられないらしい。
「こいつは少々特殊な幻獣なので、事前の偵察は無しで、明後日討伐に向かう」
「それなら、明日じゃ駄目なのか? 明後日といえばこちらに居られる最終日だったはずだが」
「うむ、その辺りも説明しよう。まず大前提として今回バフォメットを倒す事が目的では無い」
「どう言う事ナんだ?」
陽夏が顔を顰めて言った。
「これはバフォメットのある特性の為だ。奴は自分の半径五十メートル以内に入った人間を強制的に眠らせ悪夢を見せる。そして、その夢から養分を得続ける限りバフォメットは決して滅びない」
「ナ! 倒せないって事か?」
「いや、自身で夢から目覚め、バフォメットから養分の供給源を奪ってしまえば討伐は可能だ。しかし、一口に目覚めると言っても簡単では無い。悪夢は自身の潜在的な恐怖、不信、精神的外傷を刺激してくる。それを克服しなければ目覚める事が出来ない」
「……精神的……外傷」
透が心配そうに陽夏を一瞥した。
「また、眠りに誘われた者は二十四時間以内にバフォメットの催眠の範囲外に出るか、自力で悪夢から目覚めなければ、その後死ぬまで眠り続ける事になる」
「なるほど、だから二十四時間が経つ前にタイムマシンが機能停止する最終日が望ましい、と言うわけね」
凛が顎に指を這わせて口を挟む。
「うわあ、凛ちゃん、かっしこ〜い!」
「うふふ、ありがとう香織さん。行っとく? チュー。行っとく?」
「タハハ」
凛は香織に迫ったが、香織はから笑いでやり過ごす。
「こほん。そう言うわけで今回の目標は二十四時間以内に全員が悪夢から目覚める事。当然、それが達成されればバフォメットと交戦するが、正直現時点で勝てる相手では無い。催眠の能力を除いてもバジリスクとは次元の違う戦闘力だからな」
「それで? 偵察が無いんなら今日、明日は何をするんだ?」
いつの間にか誰より早く朝食を食べ終えていた雅が尋ねた。
「うむ、今日一日はこれまでと同じ事をしてもらうが、明日は休日とする。流石に街に出られる訳にはいかないが、この辺りの散策なり、家でゆっくりするなりしてくれて構わん」
「何だって!? 休んでも良いのか? 家具とか食器を壊した罰は?」
陽夏がテーブルに両手をついて身を乗り出した。
「ああ、あれは緊張感を持たせる為の嘘だ。気にしなくて良い」
「やった〜! 実は陽夏どんな罰が待ってるのかって内心ビクビクしてたんだぁ」
「うん、ヒーちゃんの壊した個数、いよいよ五十の大台に乗ってたもんね」
改めて数を聞くと、私は思わずフラつき椅子に倒れてしまった。
「ど、どうした菩提! 大丈夫か?」
「ああ、いや。陽夏の余りのガサツさに目眩がしてな」
私は眉間を揉みながら淡々と返す。
「今の菩提を動揺させるほど、だと……? やるな、國領!」
「うん、さすがヒーちゃん」
「やったね! 陽夏ちゃん」
「どうやらアタクシも認めざるを得ないわね」
四人が陽夏に向けて拍手を送る。
「え? い、いや〜、嬉しいナ……って、それ絶対褒めて無いダロ!」
「「「アハハ」」」
私達は一日の修行と休息を済ませ、いよいよ最終日を迎えた。




