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第232話 現代知識

 フロンティアの工事区画は、見渡す限り土の匂いと熱気だった。

 石を切る音、杭を打つ音、土魔法が地面を締め固める低い響き。

 戦場の喧噪とは別種の圧がある。

 ヒトシは外縁の掘削現場に立ち、巨大な穴を見下ろした。

「……何だこれは?」

 円形に近い、深い穴。

 壁面は土で固められ、段が刻まれている。

 ただ掘っただけではない。逃げ道として形が整いすぎている。

 ラバルが一歩前に出た。

「地下シェルターです」

「避難用か」

「殲滅魔法や大火災、疫病の隔離も想定しています。

 “全員が一箇所”ではなく、街の各所に分散して設けます」

 ヒトシは頷き、歩き出す。

 次に見えたのは、街を横断するような幅広い溝だった。途中で途切れ、まだ未完成の線が地面に残っている。

「……今度は何だ?」

 ウエスが汗を拭いながら言う。

「運河の予定でした。

 水路で都市同士を結び、荷を水で運びます」

 ヒトシは溝を眺め、口の端を少しだけ歪めた。

「ウエス。運河は――“完成したら強い”が、完成までが地獄だ」

「……承知しています」

「それに、凍る、塞がる、汚れる。

 便利だが、柔らかい」

 ラバルが低く言う。

「だが水は、民を飢えさせない。

 灌漑にもなる」

「理屈は分かる」

 ヒトシは溝の縁に膝をつき、指で地面に二本の線を引いた。

 まっすぐ、平行に。

「もっと速くて、天候に左右されにくい道がある。

 運ぶための道だ。――鉄道」

 ウエスが眉をひそめる。

「……鉄の、道?」

「鉄の“棒”を、二本。平行に敷く。

 その上を、車両が滑るように走る」

 ラバルも首を傾げる。

「滑る? 車輪が外れないのか」

「外れないように“仕組み”がある」

 そこで、工事区画を横切ろうとしていたグルマを見つけた。

「グルマ!」

「おう、王。今度は何を思いついた?」

「運河じゃなくて“鉄道”を作りたい。

 ……お前に一番分かる言い方をする」

 グルマは腕を組み、眉を上げる。

「ほう」

 ヒトシは地面に線を増やした。二本の平行線。そこに短い横線を等間隔に刻む。

「この二本が“レール”。鉄の梁だ。

 下にこの横木――枕木。これで間隔を固定する」

「枕木?」

「木か、石か、土魔法で固めた梁でもいい。

 要は“レールの幅を絶対に狂わせない土台”だ」

 グルマは少しだけ目つきが変わった。

 職人の目になった。

「幅が狂うと?」

「車輪が外れる」

 ヒトシはさらに円を描いた。車輪。

 その内側に、小さな突起を足した。

「車輪の内側に“ツバ”を付ける。

 これがレールの内側に当たって、横ズレを止める」

「……なるほど」

 グルマが低く唸る。

「車輪が勝手にレールの上に“乗り続ける”仕組みか」

「そう。

 だから重い物を、少ない力で運べる」

 ヒトシは拳を握り、地面に軽く当てた。

「摩擦が違う。土の上を引きずるより、鉄の上を転がすほうが何倍も楽だ。

 荷車十台分を、一台にまとめられる」

 ドワーフの集団が、説明を聞きつけて寄ってきた。

 目が輝いている。

「ツバ付き車輪……!」

「レールの素材は? 硬度は?」

「継ぎ目はどうする? 熱で伸びるぞ」

 ヒトシは頷き、矢継ぎ早に答える。

「継ぎ目は“継板”で繋ぐ。

 隙間は少しだけ残す。熱膨張の逃げだ」

 グルマが笑う。

「王、お前……見たことないって顔じゃねぇな」

「昔の……知ってる奴がいた、みたいなもんだ」

 ヒトシは言い逃れをしながら、話を核心へ持っていく。

「で、問題は動力だ」

 ウエスが言う。

「馬車のように引かせるのですか?」

「馬でもいいが、フロンティアは違う」

 ヒトシは指を立てる。

「魔力で走らせる」

 空気が一段、張った。

 職人たちの呼吸が揃う。

 ヒトシは地面に車両の簡単な図を描く。

 箱形の荷台、その下に二組の車輪、さらにその間に小さな箱。

「車両の底に“魔力炉”――いや、魔力の仕組みを入れる。

 メイやメリーの土魔法と同じで、魔力を形にする」

 ドワーフが食いつく。

「推進は?」

「押す力を作る。

 車輪の軸に“回転の付与”をする魔法陣を刻む」

 グルマが即座に噛み砕く。

「車輪そのものを回すってことか?」

「そう。

 ただし、いきなり車輪を回すと空転する。だから――」

 ヒトシはレールの上に、薄い線を重ねる。

「レール側にも“摩擦を増す加工”をする。

 滑らせすぎない。噛ませる」

 ドワーフが頷き、別の者が言う。

「制動は?」

「止めるほうが大事だ。

 魔力で回すなら、魔力を切っても惰性で走る。

 だから車輪に“締め具”――ブレーキ。摩擦板を当てる」

 グルマが口を挟む。

「それ、熱が出るぞ」

「だから鉄より、石の複合材がいいかもな。

 ドワーフの出番だ」

 ドワーフたちが嬉しそうに笑った。

 ヒトシはさらに続ける。

「分岐も要る。

 鉄道は一本だと意味が薄い。駅――停車場。

 物資の積み替え地点。そこから各都市へ伸ばす」

 ラバルが初めて、はっきりと反応した。

「……都市を、一本の線で縛る気か」

「縛るんじゃない。繋ぐ」

 ヒトシは言い切った。

「フェール、カーム、シッパル、ベスコ。

 今は離れてる。

 離れてるから、救援も遅れる。情報も遅れる。食糧も偏る」

 ウエスが設計図を抱えたまま、静かに呟く。

「運河より……速い」

「速い。

 そして――」

 ヒトシは言葉を選ぶ。

 魔剣の声が、横から笑った。

「戦争にも使える、って言えよ」

 ヒトシは無視せず、正面から頷いた。

「……そうだ。

 戦争にも使える。

 だからこそ、“フロンティアの意志”で作る必要がある」

 グルマが歯を見せて笑う。

「王。決めたな?」

「決めた。運河は中止。鉄道計画を始める」

 ドワーフが声を上げる。

「設計は俺たちが見たい!」

「レールの鍛造は任せろ!」

「魔法陣はメイ様と相談だ!」

 メイとメリーが遠くからこちらを見ていて、メリーが肩をすくめた。

「……出番が減るかもしれませんね」

「むしろ、出番が変わるんだ」

 ヒトシは笑わずに言った。

「街を守る魔法から、街を動かす魔法になる」

 ラバルが深く頷いた。

「王国が最も嫌う類の発展だ」

 魔剣の声が、面白がるように響く。

「いいねぇ。

 殲滅魔法に怯えて穴を掘るだけの国じゃ、終わらねぇってわけだ」

 ヒトシは溝を見た。

 今はまだ、ただの穴だ。

 だが、ここから鉄の道が伸びれば、国の形が変わる。

「……話が違うな」

 ウエスが小さく言った。

 運河を作っていたつもりが、鉄道になった。

 だが、その声には不満より、興奮が混じっていた。

 ヒトシは溝に沿って歩きながら、宣言するように言った。

「フロンティアは、もう“森の街”じゃない。

 国だ。

 国なら、国の骨を作る」

 土の上に引いた二本線が、

 ただの落書きではなくなった瞬間だった。

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