第233話 魔力動力の設計
工房は、これまでにない静けさに包まれていた。
槌の音はある。
炉の熱もある。
だが、そこにいつもの確信がない。
グルマは腕を組み、床に描かれた無数の図面を見下ろしていた。
回転機構、歯車、魔法陣、軸受け。
どれも間違っていない。
だが――足りない。
「……回るんだ」
グルマが低く言った。
「回るが、“走らねぇ”」
ドワーフの一人が唸る。
「回転は作れる。
魔力を入れりゃ、車輪は確かに回る」
「だが供給だ」
別のドワーフが頭を掻く。
「魔力石を積めば重くなる。
人が魔力を流し続けるのは現実的じゃねぇ」
試作された車輪は、確かに美しく回転した。
だがそれは、短時間の話だった。
魔力を与えれば回る。
魔力が切れれば止まる。
ただそれだけ。
「動力としては……未完成だな」
グルマはそう言って、深く息を吐いた。
そこへ、ヒトシが工房に入ってきた。
「どうだ?」
誰もすぐに答えない。
その沈黙が答えだった。
「回転はできるんですよ、王」
ドワーフが説明する。
「でも“供給”が続かねぇ。
汽車みたいに燃やすもんがあれば話は早いが……」
ヒトシは図面を一枚取り、じっと眺めた。
「……なあ」
ぽつりと呟く。
「これ、汽車じゃなくて……電車に近くねぇか?」
工房の空気が止まった。
「……電、車?」
グルマが聞き返す。
「なんだそれ」
ヒトシは言葉を探すように、少し間を置いた。
「汽車はな、動力を“車両の中”に持つ。
燃やす、回す、押す。全部中だ」
床に指で車両の絵を描く。
「でも電車は違う。
動力は外から来る」
ドワーフが首を傾げる。
「外……?」
「レールだ」
ヒトシは、床に二本線を引いた。
「道そのものが、力を持ってる。
車両はそれを“受け取るだけ”だ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「……あれか?」
ドワーフの一人が、急に声を上げた。
「あれだな?」
「おい、ちょっと待て」
「いや、待て待て、確かにそうだ!」
ドワーフたちが一斉にざわつき始める。
「魔力を“積む”んじゃねぇ」
「流すんだ!」
「道にだ!」
グルマの目が見開かれた。
「……レールに?」
「そうだ」
ヒトシは頷く。
「車両が魔力を持つ必要はない。
レールに魔力を流し続ける」
ドワーフが地面を叩く。
「だったら供給源は固定できる!」
「魔力炉を街側に置ける!」
「車両は軽くなる!」
グルマが一歩前に出た。
「待て。
魔力を流すだけじゃ、車輪は回らねぇ」
「だから“拾う”」
ヒトシは、車輪の内側に小さな突起を描いた。
「レールに刻んだ魔法陣から、
車両側の魔法陣が魔力を“受け取る”」
ドワーフが息を呑む。
「接触……いや、近接伝導か」
「離れたら止まる」
「止まるってことは、ブレーキにもなる」
グルマは、しばらく黙って考え込んでいた。
そして、ゆっくりと笑った。
「……王」
「なんだ」
「これは……面白すぎる」
その日から、工房の空気は一変した。
レールは単なる鉄の梁ではなくなった。
内部に魔法陣を刻み、魔力を均等に流す“導線”となった。
ドワーフたちは、魔力の暴走を防ぐために区間ごとに遮断機構を設け、
過剰な魔力が流れれば自動で止まる仕組みを組み込んだ。
車両側はシンプルだった。
魔力を受け取る陣、回転に変換する陣、制動用の陣。
余計なものは削ぎ落とされた。
数日後。
フロンティア外縁、試験区画。
一直線に伸びる、約百メートルのレール。
その上に、小型の試験車両が置かれていた。
「……魔力、流すぞ」
メイが合図を出す。
レールに淡い光が走った。
まるで地面に血管が浮かび上がるように。
次の瞬間。
車両が――動いた。
ぎこちなく、しかし確実に。
音は小さい。
振動も少ない。
「……走ってる」
誰かが呟いた。
百メートルを、最後まで走り切る。
そして、止まる。
一拍の沈黙。
「……できた」
ドワーフが震える声で言った。
グルマは何も言わず、車両に近づき、レールに手を置いた。
「……道が、力を持ってやがる」
ヒトシは、その光景を静かに見ていた。
これはまだ試作品だ。
短く、弱く、脆い。
だが――
「国は、道から変わる」
ヒトシの呟きは、誰にも聞かれなかった。
だが確かに、
フロンティアはこの日、
“戻れない地点”を越えていた。




