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第231話 新たな設計

 朝靄が、フロンティアの外縁を覆っていた。

 森と平地の境界に、杭が打たれ、縄が張られ、簡素な印がいくつも置かれている。

 それはまだ街ではない。

 だが、確実に「何かが始まろうとしている場所」だった。

 ウエスは、少し離れた丘の上から、その光景を見下ろしていた。

(……本当に、ここから始まるんだな)

 かつて自分が紙の上で引いた線。

 区画、道幅、建物の間隔。

 それが今、土の上に写されていく。

 不思議な感覚だった。

 王国で設計してきた街は、常に「命令」から始まっていた。

 誰のためかは後回しで、上からの要求を満たすために描く線。

 だが、ここでは違う。

 誰も急かさない。

 誰も怒鳴らない。

 それでも、人も魔物も、自然と集まり、手を動かしている。

「……王」

 ウエスは、意を決して丘を下りた。

 建設予定地の中央。

 簡素な地図を広げているヒトシの背中が見える。

「ヒトシ様」

 呼びかけると、ヒトシは顔を上げた。

「ウエスか。どうした?」

 その声に、警戒も威圧もなかった。

 それが、いまだに信じられない。

 ウエスは深く頭を下げた。

「改めて……ありがとうございました」

 ヒトシは少し目を瞬かせる。

「また急だな」

「いえ。言っておかないと、と思いまして」

 ウエスは言葉を選んだ。

「私は……本来なら、ここに立ってはいけない人間でした。

 それでも、設計を任せていただいた。

 そのこと自体が、私には……」

 言葉が詰まる。

 ヒトシは、地図を畳みながら言った。

「過去は知らない。

 今、ここで何ができるかだけ見てる」

 それだけだった。

 ウエスは胸の奥が、少しだけ熱くなるのを感じた。

「……一つ、確認させてください」

「なんだ?」

「城壁から建設を始めなくて、本当に大丈夫なのでしょうか」

 ウエスの声は、慎重だった。

「王国の都市では、必ず防衛を最優先にします。

 人も増え、街も広がれば……」

 ヒトシは、少し空を見上げた。

「殲滅魔法を撃たれたら、城壁の中にエネルギーが籠る」

 静かな口調だった。

「囲えば守れるって考え方自体が、もう古い。

 あれは、閉じた場所ほど被害が大きくなる」

 ウエスは、息を呑んだ。

 殲滅魔法を「前提」に都市設計を考える者など、王国にはいない。

「それに」

 ヒトシは続ける。

「今、魔物が攻めてくる危険はない。

 少なくとも、ここでは」

 ウエスはその言葉の意味を噛みしめた。

(……“ここでは”)

 防衛を捨てたわけではない。

 敵を想定していないわけでもない。

 ただ、恐怖を基準に街を作らないという選択。

「この街は、逃げ込む箱じゃない」

 ヒトシは言った。

「生きる場所だ」

 ウエスは、ゆっくりと頷いた。

「……理解しました」

 そして、少しだけ踏み込む。

「では、この設計は……“長く住む前提”で進めてよろしいのですね」

「ああ」

 ヒトシは即答した。

「仮住まいのつもりはない」

 ウエスの指が、無意識に震えた。

 それは設計士として、これ以上ない言葉だった。

「……ありがとうございます」

 その日から、建設は本格的に動き出した。

 土魔法による基礎工事。

 通気を意識した壁構造。

 家と家の距離を保つ配置。

 道は直線ではなく、緩やかに曲げられている。

 誰かを追い詰めないために。

 誰かが立ち止まれるために。

 それは、要塞とは真逆の思想だった。

 ウエスは気づいていた。

 この街の設計は、

 ヒトシという王の考え方そのものだ。

 命令しない。

 囲わない。

 選ばせる。

(……危うい)

 同時に、そうも思った。

 だが、だからこそ。

(……壊しに来る者がいる)

 ウエスは、遠くに広がる森を見た。

 この街は、まだ柔らかい。

 だからこそ、形を与える必要がある。

 城壁ではなく、思想で。

 ウエスは、設計図を握り直した。

(これは、街の設計じゃない)

(……国の骨格だ)

 

 数日後、

 新区画の工事は思った以上の速度で進んでいた。

 理由は単純だった。

 ――人が集まったのだ。

 土を均す者。

 水路を引く者。

 湿度を調整する者。

 乾燥を防ぐために風を操る者。

 それらの多くが、魔法使いだった。

 王国では「半端者」と扱われてきた者たち。

 戦争に使えず、殲滅魔法も撃てず、

 日常魔法しか扱えないと切り捨てられてきた者たち。

 だが、フロンティアでは違った。

「この程度の壁厚なら、土魔法で十分保つぞ」

「通気孔、ここを少し広げた方がいい。湿気が籠もる」

「雨季を考えるなら、基礎をもう一段高く」

 意見が飛び交い、自然と役割が決まっていく。

 ヒトシは、少し離れた場所からその様子を眺めていた。

「……思ったより、集まったな」

 隣にいたラバルが頷く。

「王国では使い道のなかった者たちです。

 ですが街を作るとなれば、これほど心強い戦力はありません」

「戦力、か」

 ヒトシは苦笑した。

「今回は、武器じゃないけどな」

 そこへ、メイとメリーが歩いてくる。

 二人とも、少し手持ち無沙汰そうだった。

「王」

 メイが言う。

「土壁と基礎の大部分は、他の魔法使いたちで回っています。

 私とメリーが直接手を出す場面は……減りそうですね」

「うん」

 ヒトシは素直に頷いた。

「今まで、無理させすぎてた」

 その言葉に、メリーが肩をすくめる。

「出番が減るってことですか?」

「そうなるな」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、メイが少し笑った。

「じゃあ、私たち、リストラですかね?」

「え」

 ヒトシが目を瞬かせる。

 メリーも、くすっと笑った。

「王に用済みと言われる日が来るとは。

 これは記念日ですね」

「いや、そういう意味じゃ――」

 慌てて言いかけたヒトシを見て、二人は声を揃えて笑った。

「冗談です」

「冗談ですよ」

 メイが続ける。

「むしろ、嬉しいんです。

 “私たちじゃなきゃ駄目”じゃなくなったってことが」

 メリーも頷く。

「街が、個人に依存しなくなってきている。

 それは……健全です」

 ヒトシは、少しだけ言葉を探してから言った。

「……二人が土台を作ってくれたからだ」

 メイとメリーは、一瞬だけ目を見開き、

 そして、少し照れたように視線を逸らした。

「王、そういうことをさらっと言うのはずるいです」

「心臓に悪いです」

 工事現場では、今日も土が動き、

 水が流れ、

 人と魔物と魔法使いが、同じ目的で手を動かしている。

 戦争では集まらなかった魔法使いたちが、

 街を作るために集まっている。

 ヒトシは、その光景を見ながら思った。

(……これは、強さだ)

 殲滅魔法でも、軍勢でもない。

 必要とされる場所があること。

 役割があること。

 代わりがいること。

 フロンティアは、また一歩、

 「国」になっていっていた。

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