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第230話 魔剣の誕生

ゾルゲルトは、

自分がどこへ向かっているのかを、正確に理解していた。

理解したうえで、

止まれなかった。

研究室に並ぶ記録は、もはや実験用というより――

展示物のようだった。

合成の履歴そのものが、壁に刻み込まれている。

(足りない)

ゾルゲルトは思う。

合成は完成に近づいている。

だが、どこかがまだ歪だ。

(素材は十分だ)

(理屈も分かった)

(結果も出ている)

ならば――

(足りないのは、私自身か)

そう考えた瞬間、

恐怖よりも先に、好奇心が勝った。

ゾルゲルトは、自身の腕を見下ろす。

老いは、そこにあった。

だが、合成の結果として取り込んだ“残液”は、

確かに身体の内側で生きている。

(部分的なら……)

魔法陣を描き直す。

対象――自分。

合成は、慎重に行われた。

筋肉の繊維に、魔物の強靭さを。

神経に、罪人が持っていた反射と感覚を。

痛みはあった。

だが、耐えられないほどではない。

次の瞬間、

ゾルゲルトは、立ち上がった。

軽い。

身体が、軽い。

力を込めると、床がきしむ。

視界は冴え、呼吸は深い。

(……若返っている)

さらに、

“知っている”。

剣の振り方。

逃げ足の速さ。

盗みの勘。

すべて、

合成した罪人が持っていた“才能”だ。

「はは……」

笑いが漏れた。

同時に、

理解していた。

(私は、壊れ始めている)

頭の中で、

声が増えている。

だが、

それを抑え込むことは出来る。

――まだ。

ゾルゲルトは、スラトムを呼んだ。

「スラトム」

「私は……少し、危うい」

珍しく、弱音だった。

スラトムは驚きつつも、

すぐに冷静さを取り戻す。

「師匠」

「溜め込みすぎなのでは?」

「なら――」

少し考え、

口元に笑みを浮かべた。

「剣などの無機物に、封じてみてはどうでしょう」

ゾルゲルトは、

その言葉を、即座に理解した。

(器、か)

(肉体ではなく、道具)

(意思を持たせるなら……)

剣は、最適だ。

人が握り、

振るい、

命を奪う。

合成の“出口”として、

これ以上ない。

ゾルゲルトは剣を用意した。

特別な名剣ではない。

だが、魔力の通りは良い。

魔法陣の中心に剣を置く。

そして――

自分の中に溜め込んだ“ストック”を、

一つずつ、流し込んでいく。

怒り。

欲望。

断末魔。

歪んだ願い。

合成。

撹拌。

合わせ込み。

剣が、

震えた。

空気が、

重くなる。

「……これは」

ゾルゲルトは、思わず一歩下がった。

剣から、

“気配”が立ち上っている。

禍々しい。

だが、制御不能ではない。

次に、

罪人を一人、連れてきた。

剣を、握らせる。

瞬間。

罪人の身体が、

歪んだ。

骨が伸び、

筋肉が膨張し、

皮膚が変色する。

悲鳴は、

途中で笑い声に変わった。

「さぁて……」

魔物と化したそれが、

口を開く。

「ようやく、俺も出てこれたぜぃ」

スラトムは、

息を呑んだ。

「……意志を、持っている」

「まさに……魔剣ですね」

ゾルゲルトは、

静かに頷いた。

(完成だ)

(これは、私の研究の到達点だ)

だが、

同時に分かっていた。

――危険すぎる。

魔剣と、

魔物と化した罪人は、

檻に入れられた。

ゾルゲルト自身も、

同じ檻に入った。

「念のため、です」

スラトムはそう言った。

ゾルゲルトは、

異を唱えなかった。

檻の中で、

魔剣は、よく喋った。

合成。

力。

可能性。

次に試すべきこと。

スラトムは、

その議論を楽しんだ。

だが、

ある日。

檻は、

空だった。

魔剣も。

魔物も。

そして――

ゾルゲルトも。


スラトム侯爵は、

ゆっくりと瞼を開いた。

重厚な執務室。

磨かれた机。

書類の山。

現実が、

静かに戻ってくる。

「……随分と昔の話だな」

口にした声は、

思ったよりも落ち着いていた。

ゾルゲルト。

師であり、

狂気の研究者。

合成。

失敗。

成功。

そして――封印。

あの剣が生まれた日を、

スラトムは決して忘れない。

そして、

自然と今へ思考が流れる。

四都市同時解放。

異様な判断速度。

ためらいのない踏み込み。

(あれは……)

スラトムは、

机に指を置いたまま動かなかった。

(ヒトシ自身の判断ではない)

そう確信した理由は、

一つしかない。

「あの考え方だ……」

過程を飛ばす。

迷いを切り捨てる。

正解を“選ばせない”。

かつてゾルゲルトが辿り、

破滅へ向かった思考の癖。

(……魔剣)

スラトムの脳裏に、

はっきりとその存在が浮かぶ。

剣という形を失っても、

思想は残る。

声として。

助言として。

判断を“早めるもの”として。

「ヒトシ……」

彼は、

成果を出しながら、

影響を受け止めようとしている。

それは、

ゾルゲルトよりも危うい。

制御しようとする者ほど、

深く混ざる。

「傑作候補、か」

誰に聞かせるでもなく、

スラトムは呟いた。

かつて師が作り、

扱い切れなかった“思想”。

それを、

王として抱えている存在。

魔剣は今、

ヒトシの元にある。

それは、

偶然ではない。

スラトム侯爵は、

静かに目を細めた。

「さて……」

「次に壊れるのは、

 国か、王か……」

回想は、

そこで完全に終わった。

そして彼は、

次の一手を考え始める。

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