第229話 スキル研究
最初は、ただの確認作業だった。
ゾルゲルトは、治療の成功――腕が「繋がった」あの瞬間を何度も頭の中で反芻していた。
(私は治したのではない)
(合わせただけだ)
それならば、他の生き物でも、同じことが起こるはずだ。
最初の実験体は、蝶と蜘蛛だった。
繊細な羽と、節足の脚。
明らかに生態の異なる二種。
ゾルゲルトは、両者を“同量”用意し、合成を行った。
結果は、失敗。
羽は動かず、脚は痙攣するだけ。
主導権は、どちらにもなかった。
次はネズミと鳥。
こちらはより長く生きた。
飛ぼうとするが、骨格が許さない。
走ろうとするが、平衡感覚が狂う。
(主導権が衝突している)
ゾルゲルトは、記録を取り続けた。
「繋げた場合」と「完全に混ぜた場合」
体積。重量。魔力の残滓。
そして――精神。
(混ぜ合わせた物の“意思”は、どちらが握る?)
研究は自然とエスカレートしていった。
身体を刻み、一部だけを繋げる。
神経だけ、筋肉だけ。感覚器官だけ。
繋げただけなら、拒絶は少ない。
完全に混ぜれば、拒絶は強くなる。
(拒絶とは何だ)
(個体が個体であろうとする力か?)
スラトムは、その研究を見て、笑っていた。
「師匠、これは……すごいですね」
恐怖よりも、好奇心が勝っていた。
「次は、何を混ぜます?」
ゾルゲルトは、しばらく黙っていたが、やがて言った。
「……人だ」
スラトムは一瞬だけ目を見開き、すぐに笑った。
「父に掛け合ってみましょう」
「罪人なら、問題ない」
数日後。罪人は用意された。
二人。
どちらも死刑相当。
最初の合成は、“等量”。
結果、身体は一つ。
だが大きくはならない。
記憶は溶け合った。
人格は曖昧。
怒りと後悔が混じり、言葉は支離滅裂。
(均等に混ぜると、こうなる)
ゾルゲルトは、冷静に記録した。
次は、
“量を調節する”。
二つのコップを、一つに注ぐ。
だが――
片方を、少し残す。
結果。
身体は、完全に一つ。
精神は、“残した側”だけが、支配した。
もう一方は、
表に出てこない。
だが――
ゾルゲルトは、違和感を覚えた。
(……消えた、のか?)
いや。
消えていない。
“どこかにある”。
その感覚は、はっきりとあった。
(……私の中だ)
合成を行った瞬間、何かが“引っかかる”。
まるで、
マドラーに残った液体のように。
(私は、液体を混ぜるイメージでスキルを使っている)
(だが……)
(混ぜ終わった後、マドラーには必ず“残液”が付く)
それが。
私に。
混ざっている。
ゾルゲルトは、頭を押さえた。
「……何かがおかしい」
その時だった。
――声が、聞こえた。
はっきりとした言葉ではない。
囁き。
感情。
欲望。
混ざり合わなかった、
“残り”。
(……これは)
合成の際に、
撹拌しきれなかった精神。
完全に器へ戻されなかった、
意思の欠片。
それらが、
“スキル”という場に留まり、
呼び寄せ合っている。
(ストック、か)
ゾルゲルトは、
初めて恐怖を覚えた。
(私は、合成しているのではない)
(私は――)
(溜め込んでいる)
人の意思を。
欲望を。
怒りを。
それらが、
いつか。
形を持つ。
自分とは別の“何か”として。
ゾルゲルトは震える手で、実験記録を閉じた。
だが。
その震えは恐怖だけではなかった。
――歓喜。
(……見えてきた)
ゾルゲルトは自分の中で何かが整っていく感覚を否定できなかった。
人と人。
動物と動物。
それらはあくまで“近い存在”だった。
だが――
(次は、もっとはっきりとした“違い”が必要だ)
スラトムはその沈黙を見逃さなかった。
「師匠」
声はいつもより少しだけ弾んでいる。
「次は……魔物ですね?」
ゾルゲルトは答えなかった。
だが否定もしなかった。
スラトムは笑う。
「人より、ずっと単純ですよ」
「欲と本能が、剥き出しだ」
「だからこそ、主導権が分かりやすい」
その言葉は理屈として正しかった。
ゾルゲルトは自分が“説得された”ことに気づき、
同時にそれを心地よく感じている自分に気づいた。
最初の魔物は小型だった。
狼型の魔物と大きな角を持つ草食獣。
攻撃性と防御性。
(これは、いい)
合成は安定していた。
身体は一つ。
筋肉の付き方は歪だが、明確な“意思”がある。
――生きている。
だが、問題は次だった。
「主導権は……」
ゾルゲルトは魔力の流れを観察する。
結果は捕食者側。
当然だ。
(なら、逆は?)
次は魔力の強い個体同士。
火を吐く蜥蜴と氷属性の蛇。
合成の瞬間魔力が弾けた。
研究室の壁がひび割れる。
だが成功だ。
身体は巨大化し熱と冷気が同時に放たれる。
(……混ざっている)
だが完全ではない。
内部で、“引っ張り合い”が起きている。
(ここで、量を調節すれば――)
ゾルゲルトは合成比率を変えた。
火を七。
氷を三。
結果。
氷は“性質”として残った。
主導権は火。
(人と同じだ)
(支配は、量だ)
スラトムは息を吞んで見ていた。
「師匠……」
「これ、軍事に使えますね」
ゾルゲルトはその言葉を咎めなかった。
(使える、か)
だが彼の興味は別にあった。
(魔物は、人より“抵抗”が少ない)
(そして――)
(残液が、より濃い)
合成を重ねるほどゾルゲルトの中に“溜まるもの”が増えていく。
怒り。
捕食欲。
支配欲。
それらがスキルの奥で渦を巻く。
(……聞こえる)
今度は、
はっきりと。
――もっと混ぜろ。
――まだ足りない。
ゾルゲルトは息を整えた。
(これは、私の声だ)
(私の研究意欲だ)
そう言い聞かせた。
次は魔物と魔物。
だが“格”を変える。
上位魔物。
魔力の核を持つ個体。
合成の瞬間、研究室の魔法陣が軋んだ。
スラトムが、思わず一歩下がる。
だが――
成功。
巨大な身体。
安定した魔力循環。
単一の意思。
(……完成度が、高い)
ゾルゲルトは確信した。
(人より、魔物のほうが――)
(“素材”として、優れている)
その瞬間。
頭の奥で“声”が笑った。
――そうだ。
――君は、正しい。
ゾルゲルトは、
自分が笑っていることに、
少し遅れて気づいた。
スラトムはその笑みを見て胸の奥が高鳴るのを感じていた。
(師匠は、止まらない)
(いや――)
(止められない)
だがそれでいい。
(この研究の果てに、何が生まれるのか)
(私は、見届けたい)
二人は同じ方向を見ていた。
スラトムの回想は続く




