第228話 考え方の癖
通信が途切れたあと、
スラトム侯爵はしばらくの間、水晶を眺めていた。
ヒトシの姿も、声も、そこには残っていない。
「……すぅ」
小さくため息。
(やはり、あれは――)
四都市同時解放。
あまりにも大胆で、無謀で、そして短絡的な動き。
スラトムは確信していた。
(あれは、ヒトシ自身の発想じゃない)
だからこそ、
――安心してしまった自分がいる。
ヒトシが考え抜いた末に四都市を解放したのなら、
それは「理解できない敵」になる。
だが、
誰かの言葉に背中を押されただけなら。
(まだ……読み切れる)
スラトムの脳裏に、ある存在が浮かび上がっていた。
――魔剣。
過激で、短絡的で、結果だけを急ぐ。
同時に、
もっと古い記憶が、ゆっくりと蘇る。
30年前
王都の城、その奥にある中庭。
石畳は白く、
噴水の水音だけが静かに響いていた。
若き日のスラトムは、
緊張と期待を胸に、そこに立っていた。
「ゾルゲルトさま」
声をかけると、
中庭の片隅で魔法陣を描いていた男が顔を上げる。
白髪混じりの髪。
鋭いが、どこか眠たげな目。
「……何だ」
「スキルの研究結果を、教えていただけませんか」
即答だった。
ゾルゲルトは小さく眉をひそめる。
「私は、君に魔法を教えるために雇われている」
「それは承知しています」
だが、とスラトムは一歩踏み出す。
「しかし、スキルの研究成果を聞くのが、
私はとても面白いのです」
ゾルゲルトは、しばし無言になった。
噴水の音だけが続く。
「……君は変わらないな」
「光栄です」
皮肉を、褒め言葉として受け取る。
それが当時のスラトムだった。
「仕方がない」
ゾルゲルトは杖を下ろし、
地面に描いた魔法陣を消した。
「今回は、麦と雑草を合成した」
「麦と……雑草ですか?」
「そうだ」
淡々と語る。
「上手くいけば、
手入れをしなくても育つ穀物になる。
人々が飢えることはなくなるだろうと考えた」
スラトムの目が輝いた。
「それは……素晴らしい」
「だがな」
ゾルゲルトは続ける。
「結果は固穀になってしまった」
「固穀?」
「固く、粉にしても食べられない。
火を通しても歯が立たない」
ゾルゲルトは、ほんの少しだけ苦笑した。
「全て処分したつもりだったが、
もう既に、色々な場所に自生してしまっている」
スラトムは一瞬、考え――
そして、笑った。
「おお、今回も失敗ですね」
ゾルゲルトは、少し肩をすくめた。
「まあ、そういう結果もある」
「失敗というより、途中経過ですね」
スラトムがそう言うと、
ゾルゲルトはふっと笑った。
「君はいつも前向きだな」
「師匠譲りです」
「私はそこまで楽観的ではないが」
そう言いながらも、
ゾルゲルトの声には柔らかさがあった。
二人は並んで噴水を眺める。
突然、城の回廊に慌ただしい足音が響いた。
「道を空けろ!」
鎧がぶつかる音、荒い息。
二人の騎士に担がれ、血に濡れた男が運び込まれてくる。
右腕が、ない。
正確には、
肩口から先が、切断されていた。
床に落ちる血の雫を見て、
スラトムは思わず足を止めた。
「……何があった」
「魔物との交戦です!」
答えたのは騎士団長だった。
顔色は悪く、声に焦りが滲んでいる。
「奇襲でした。腕を斬られ、それでも退かずに――」
「治癒魔法は?」
スラトムの問いに、団長は歯を噛みしめた。
「高位治癒師は不在です。
……ゾルゲルト様に、お願いできないでしょうか」
名を呼ばれ、
ゾルゲルトは静かに首を振った。
「私は治癒魔法の専門ではない」
冷静な声だった。
「失われた腕を再生する術は、私にはない」
騎士団長は一歩、踏み出す。
「それでも!
この男は――」
「分かっている」
ゾルゲルトは、
血まみれの騎士の顔を見た。
まだ意識はある。
歯を食いしばり、痛みを堪えている。
(……完全切断)
普通なら、ここで終わりだ。
だが。
ゾルゲルトの思考が、
一つの可能性を掬い上げた。
(私のスキルは――)
合成。
彼は、ただ「混ぜる」力を持つわけではない。
これまでの研究で、
ゾルゲルトはその本質を理解していた。
(合成とは)
(合わせ込み、撹拌し、循環させること)
だからこそ、
分解もできる。
(ならば……)
(“撹拌”を行わず)
(合わせ込むだけなら?)
失われた腕を「新しく作る」のではない。
元の腕を「混ぜ直す」のでもない。
――ただ、元あった位置に、戻す。
ゾルゲルトは、静かに言った。
「……可能性は、ゼロではない」
騎士団長が息を呑む。
「繋げるだけだ。治すわけではない」
「それでも!」
ゾルゲルトは、
床に横たえられた騎士の傍に膝をついた。
切断された腕は、
布に包まれ、すぐ傍に置かれている。
腐敗は、まだ始まっていない。
「動くな」
低く告げ、
ゾルゲルトは腕と断面に手を置いた。
合成スキル、発動。
だが――
撹拌はしない。
混ぜない。
循環させない。
ただ、合わせ込む。
筋肉と筋肉。
神経と神経。
血管と血管。
まるで、
壊れた歯車を、元の溝に戻すように。
光は、淡かった。
派手な奇跡は起きない。
ただ、
切断面が、ゆっくりと“塞がっていく”。
「……っ!」
騎士が息を詰まらせる。
「動かせるか」
震える声で、ゾルゲルトが問う。
騎士は、
恐る恐る、指を動かした。
――動いた。
完全ではない。
痺れも、重さも残っている。
だが、確かに。
「……動きます」
その一言に、
騎士団長はその場に膝をついた。
「……奇跡だ」
ゾルゲルトは、立ち上がる。
額に、うっすらと汗。
(やはり)
(“合成”は繋ぐためにも、生き物にも使える)
彼は、
自分のスキルを初めて、
「生き物」に使った実感を覚えていた。
スラトムの回想は続く




