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第217話 追悼がもたらす波紋

フロンティアに、王国からの布告が届いたのは、

ベスコの瓦礫がまだ人々の脳裏から消えていない頃だった。

「――ナラカイム王国は、ベスコ市民の冥福を祈り、

 王都および全領土にて追悼を行う」

紙に書かれた文字は、丁寧で、整っていて、

まるで慈悲そのもののような言葉を並べていた。

だが――

それを読んだフロンティアの空気は、重く沈んだ。

「……ふざけるな」

最初に声を上げたのは、

元・奴隷兵だった男だ。

彼は、フロンティアの外縁で、

あの“光”を見ている。

空が裂け、

大地が燃え、

人が、音もなく消えていく瞬間を。

「追悼? 冥福?

 あれを撃ったのは誰だよ」

周囲の者たちも、黙って頷いた。

元フェールの兵。

フロンティアで暮らしていた魔物。

そして、あの戦場を生き延びた人間たち。

彼らは知っている。

殲滅魔法が、

“事故”でも

“暴走”でもなく、

意図して放たれたものだということを。

「フロンティアのせいじゃねぇ」

「王国がやったんだ」

「俺たちは、見た」

怒りは、静かだった。

だが、確かに燃えていた。

一方で――

同じフロンティアの中に、

別の温度も、確かに存在していた。

「……でもさ」

そう切り出したのは、

カームから来た市民だった。

「王国が追悼するってことは、

 少なくとも“悪かった”とは思ってるってことだろ?」

周囲の視線が集まる。

「フロンティアが解放したから、

 王国が焦って、

 結果として、ああなったんじゃないのか?」

空気が、張り詰める。

「つまり、

 フロンティアが動かなければ、

 ベスコは――」

その先は、言わせなかった。

「違う」

短く、はっきりとした声。

ヒトシだった。

人化は解けている。

ゴブリンキングの姿で、

彼はその場に立っていた。

「殲滅魔法は、

 “支配を取り戻すため”に撃たれた」

視線が集まる。

「奴隷を失ったからだ。

 従わせられなくなったからだ」

ヒトシは、言葉を選ばなかった。

「解放しなくても、

 あの王国は、

 いずれ同じことをした」

沈黙。

だが、その沈黙は、

すぐに破られる。

「それは……お前たちだから、言えることだ!」

シッパルから来た男が、声を荒げた。

「俺たちは見てない!

 殲滅魔法を見たのは、

 フロンティアの連中だ!」

「俺たちが見たのは、

 街が消えた“結果”だけだ!」

周囲がざわつく。

「フロンティアは守られた!

 でも、ベスコは消えた!」

「次は、俺たちじゃないって、

 誰が保証する!?」

その声に、

ヒトシはすぐに答えなかった。

代わりに、

ラバルが一歩前に出る。

「……私が話そう」

元フェール男爵。

だが今は、

ただの一人の人間として。

「王国は、正義の顔をしている」

静かな声だった。

「だが、あの殲滅魔法は、

 “統治のための力”だ」

「従わぬ者を消すための力だ」

カームの市民が、唇を噛む。

「追悼は、

 その“正義”を守るための儀式だ」

「誰が撃ったかを、

 曖昧にするための」

空気が、冷える。

だが、

反発は消えなかった。

「それでも!」

シッパルの女が叫ぶ。

「フロンティアがなければ、

 私たちは、

 王国に逆らわずに済んだ!」

「怖いんだ!

 もう、街が消えるのは!」

その言葉は、

嘘ではなかった。

ヒトシは、

拳を握る。

(……これが、スラトムの狙いか)

見てきた者と、

見ていない者。

守られた者と、

失った者。

その間に、

“正義”という名の楔を打ち込む。

「……簡単じゃないな」

誰にも聞こえない声で、

ヒトシは呟いた。

フロンティアは、

一枚岩ではない。

いや――

最初から、そうであるはずがなかった。

「今日は、ここまでにしよう」

ヒトシは、そう言った。

「答えを急がせない」

「だが、 俺は退かない」


そのとき、最初に異変を告げたのは、森の外縁に張り付いていたコボルトの斥候だった。

「……人影、多数。武器、持ってる」

ヨークが顔を上げる。 「人数は?」

「百以上。いや……もっと来てる」

その報告に、詰所の空気が一気に張り詰めた。

フロンティアの外。 かつて街と呼ばれていた場所の名を、彼らはまだ使っている。

――シッパル。 ――カーム。

その二つの街から、武装した市民たちが動いていた。

鎧はまちまち。 農具を削った槍。 倉庫に眠っていた古い剣。 盾の代わりに木の板。

統率はない。 だが、感情だけは揃っている。

「フロンティアを止めろ」 「これ以上、巻き込まれるな」 「王国と敵対する気か?」

誰かが言った。 誰かが煽った。 誰かが恐怖を言葉にした。

そして――

それが「正義」になった。

「……来てる、ってことか」

ヒトシは、森の奥から歩いてくる集団を見つめていた。

怒りよりも先に来たのは、重い疲労だった。

(もう始まったか)

サラが隣に立つ。 「追悼が効いたわね」

「うん」 ヒトシは短く答える。 「想定より早い」

メリーが歯を噛みしめる。 「彼らは……私たちが“次のベスコを作る”と思ってる」

アンが小さく言った。 「殲滅魔法を見てない人たちだもの……」

武装市民たちは、森の手前で足を止めた。

誰かが叫ぶ。

「出てこい、ゴブリンキング!!」

「話し合いだ! だが武器は捨てろ!」

矛盾した言葉だった。

武器を持ったまま、 「恐れている」と主張する。

ヨークが苦い顔をする。 「……一番面倒なやつだ」

グルナが低く唸る。 「殺す気はない。だが、押し通す気はある」

それが、全員に伝わっていた。 


ヒトシは一歩前に出た。

「ここはフロンティアだ」

声は、静かだった。

「君たちを攻めない」 「だが、越えるなら守る」

ざわめきが走る。

誰かが叫ぶ。 「嘘だ! ベスコはどうなった!」 「王国が追悼してるんだぞ!?」

ヒトシは、すぐに返さなかった。

代わりに、ラバルが前に出る。

「私はラバルだ」

「ベスコは――」 ラバルは言葉を選びながら、続けた。 「王国が撃った殲滅魔法で消えた」

「フロンティアではない」 「私が、この目で見た」

一瞬、沈黙。

だが次の瞬間――

「信じられるか!」

「お前はフロンティア側だろう!」

「奴隷を管理していた貴族が、何を言う!」

怒号が重なる。

恐怖は、理屈を拒む。

魔剣が、ヒトシの内側で笑った。

(ほらな)

(こうなる)

ヒトシは無視した。

「……帰れ」

ヒトシは、強く言った。

「まだ戻れる」 「今なら、血は流れない」

武装市民の列が揺れる。

だが、後方から声が上がった。

「退くな!」

「ここで引いたら、次は俺たちだ!」

誰かが背中を押した。 恐怖が、連鎖する。

一歩。 また一歩。

フロンティアの境界へ、踏み込もうとする。

その瞬間。

――適応進化が、静かに反応した。

《境界侵犯を検知》

《非敵対集団・武装状態》

《排除ではなく、抑止を推奨》

地面が、わずかに隆起した。

土の壁ではない。 進めないほどでもない。

ただ、「ここから先は違う」と、 身体が理解する高さ。

武装市民たちは、足を止めた。

ヒトシは、言った。

「ここは、もう戻れない場所だ」 「だから、選べ」

「恐怖に従うか」 「生き延びる道を探すか」

沈黙。

やがて――

数人が、武器を下ろした。

全員ではない。 だが、確かに。

シッパルとカームは、

完全には一つになっていなかった。

そしてそれは、 フロンティアも同じだった。

ヨークが小さく呟く。 「……簡単じゃねぇな」

ヒトシは頷いた。

「だから、国になるんだ」

戦争よりも、 殲滅魔法よりも、

――人の恐怖のほうが、厄介だった。


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