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第218話 武器を下ろす者たち

 夜明け前のフロンティアは、静かだった。

 あれほど張り詰めていた空気が、嘘のように落ち着いている。

 数日前まで、武装した市民が街道を埋め、怒号と恐怖が交錯していたとは思えないほどだ。

 ヒトシは城の外壁から、街を見下ろしていた。

 人間と魔物が混ざり合い、朝の支度を始めている。

 炊き出しの煙。

 簡易住宅の補修。

 子供たちの声。

「……落ち着いた、か」

 そう呟いた声には、安堵よりも警戒が滲んでいた。

 実際、表向きの内乱は収束している。

 武装してフロンティアに流れ込んできたシッパル、カームの市民の多くは、話し合いに応じ、武器を下ろした。

 フロンティア側も、力で押さえつけることはしなかった。

 拘束は最低限。

 処罰は行わない。

 選択は、彼らに委ねられた。

 残るか。

 去るか。

 その結果――

 残る者が、出た。

 武器を捨て、頭を下げ、フロンティアに留まると申し出た者たち。

 その姿を見て、サラは小さく息を吐いた。

「……一応、最悪は避けられた、ってところかな」

 メリーも頷く。

「少なくとも、血は流れませんでした」

 アンは腕を組んだまま、少し離れた場所に視線を向けていた。

「……でも、全員が納得した顔じゃない」

 その言葉に、ヒトシは黙って肯いた。

 武器を下ろしたからといって、心まで下ろしたわけではない。

 それは、誰よりも彼自身が分かっていた。

 夜。

 フロンティアの外れ。

 簡易的に割り当てられた居住区の一角。

 焚き火は消え、周囲は眠りに落ちている。

 見張りのコボルトが巡回する足音が、遠くでかすかに響いていた。

 その影の中で、一人の男が身を起こす。

 昼間、武装蜂起の中心にいた男の一人。

 今は、剣も槍も持たない、ただの市民の顔をしている。

 男は、慎重に周囲を確認した。

 誰もいない。

 音を立てぬよう、懐から布に包んだ小さな物を取り出す。

 掌に収まるほどの、小型の水晶。

 淡く、鈍い光を宿している。

「……繋がれ」

 囁くように言葉を落とす。

 水晶が、脈打つように明滅した。

 次の瞬間――

 水晶の奥に、影が映る。

 整えられた髭。

 落ち着いた眼差し。

 威圧ではなく、計算で人を見据える目。

 スラトム侯爵。

『……聞こえているか』

 低く、穏やかな声。

 男は思わず、背筋を伸ばした。

「は、はい……問題なく」

『よろしい』

 水晶越しの視線が、男を値踏みするように動く。

『フロンティアの様子は?』

「表向きは……落ち着いています。武装した者たちは、ほとんどが武器を捨てました」

『ほう』

 スラトムは、わずかに口角を上げた。

『王は、どう出た』

「処罰はありません。選択は自由だと……残る者も、去る者も」

『……なるほど』

 その声に、満足の色が滲む。

『実に、らしい判断だ』

 男は、躊躇いながら続ける。

「ですが……魔物と人間が、普通に並んで暮らしています。思ったより……統制が取れている」

 一瞬、沈黙。

 だが、スラトムは否定しなかった。

『それは、承知している』

 むしろ、その声は落ち着いていた。

『だからこそ、内部から崩す価値がある』

 男の喉が鳴る。

「……私に、何を?」

『簡単なことだ』

 スラトムは、淡々と言った。

『観察し、報告しろ。

 誰が不満を抱いているか。

 誰が魔物を恐れているか。

 誰が、この国を「異常」だと感じているか』

 水晶の光が、わずかに強まる。

『フロンティアは急成長しすぎている。

 理念が先行し、人の感情が追いついていない』

 男は、思わず拳を握った。

「……確かに。

 解放されたとはいえ、元奴隷だった者と、かつて所有していた側が同じ配給を受けていることに、不満を漏らす者もいます」

『だろう』

 スラトムの声は、確信に満ちていた。

『怒りは、正義よりも長く残る』

 男は息を呑む。

「……では、扇動を?」

『いや』

 即座に否定。

『今は、まだ早い』

 静かな声。

『毒とは、即効性を求めるものではない。

 日常に溶け込み、疑念を育て、

 気づいた時には、全身に回っているものだ』

 水晶越しの視線が、鋭くなる。

『君は、良い位置に入った。

 “武装蜂起をしたが、悔い改めた者”

 この肩書きは、信用を得やすい』

 男の胸に、冷たいものが落ちる。

「……フロンティアは、強いです。

 ゴブリンキングも……」

『分かっている』

 スラトムは、そこで初めて、わずかに感情を滲ませた。

『だからこそ、正面からは壊れない』

 一拍。

『壊すのは、内側だ』

 水晶の光が、ゆっくりと弱まっていく。

『引き続き、報告を。

 次の指示は、その時に』

「……承知しました」

 水晶は、静かに沈黙した。

 闇だけが残る。

 男は、しばらく動けなかった。

 フロンティアの夜は、穏やかだ。

 焚き火の残り香。

 遠くで鳴く夜鳥。

 ――だが、その足元に、確実に毒は落とされた。

 男は水晶を布に包み、再び懐へしまう。

「……」

 顔を上げる。

 遠くに見える、フロンティアの灯り。

 人と魔物が築いた、新しい国。

 その内部で、

 誰にも気づかれぬまま、

 スラトムの思惑が、静かに根を張り始めていた。

 内乱は、確かに終わった。

 だが――

 戦いは、形を変えただけだった。

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