王妃と第四王子
少し長くなりました。
本日の公演は、王都チートで演じた演目と同じだが、見せ場になる場面が所々違っていた。
チートで行った公演では、飢饉が起こって困っている農民の場面から始まったが、トーラでは領主屋敷で護衛騎士が剣の鍛練を行っている場面から始まった。
「このままでは領民が暴動を起こすかもしれない。領主様は備蓄していた小麦を既に教会に下げ渡された。
金で食料が買えるのなら、隣の領都だろうが王都だろうが、この私が直ぐにでも買い付けにいく。
しかし、この飢饉は国中で起こっている。
今、私にできることは、主を御守りすることだけだ!」
騎士役のフィリップは、少し長い台詞をよく通る声で言って、「ヤッ! トウッ!」と剣の鍛練を再び始める。
今日のフィリップは甲冑を着けておらず、髪の色を変え頬に大きな傷を描いているが、その美しく無駄のない剣舞はカッコいい。
顔に傷があろうが無かろうが、フィリップのいい男っぷりは変わらないようで、観客席の女性から熱い息が漏れる。
シーリス様役のイツキは、年齢が30歳くらいに見えるよう工夫しているが、男性にしては声が高いので、大人の威厳……というようなものは演じきれないが、シーリスという神の使いであるならば、他の者とは違うのだろうという妙な効果は出していた。
踊る場面は殆どないが歌う場面はあり、シーリスとしての能力を使う場面では、神に祈りを捧げる創作曲を歌う。
イツキが讃美歌を歌うと、何が起こるか分からない。なので創作曲を歌うのだが、やっぱりと言うか、案の定と言うか、意図せず会場の半分以上の観客を感動で泣かせてしまっている。
聖女エレニアは言うに及ばず、歌えば歌うほど人々は信仰心を強めていった。
男性の主役であるシュバルとバイオリンのミーアは、トーラの街の出身だった。
上級学校と女学院卒業後、領主の推薦で芸術学校に入学したと思っていた者が、いきなり歌劇団のスターとして錦を飾ることになり、学友や領民も喜んだ。
芸術学校の授業料・受験料・入学金の値上げは、国王が出した告示と共に通達されていたし、特待生として入学出来なかった20人の出身地の領主には、チート正教会のサイリス様が、事情を説明する文章を送られていた。
領主にお金を借りていた者については、教会が代わって返済を済ませてある。
トーラでの公演は、突然の公演だったのにも拘わらず、立ち見客も出る満員御礼で、公演日を伸ばして欲しいという要望が領主から上がるくらい大盛況だった。
旅を急ぐ歌劇団は、名残惜しいが公演日の翌日には旅立った。
次の目的地は、王妃と第四王子が身を寄せている、国境の領都ボルトである。
劇場のない途中の町では、広場に仮設舞台を設置し、観客全員が小銀貨1枚(千円)という公演も行った。
劇場のない町で公演する時は、同行していたパトロン希望のアルノスたちも駆り出し、設営や受付の仕事をさせた。商人だけあって非常に役に立った。
田舎の町で劇団が公演することは珍しいので、住民たちから大歓迎された。
8月7日、ブルーノア歌劇団はボルトの街に到着した。
ボルトの街では公演を2日間行う予定で、次の出発日を11日とした。
もちろん宿泊はボルト正教会の【教会の離れ】を使うが、パトロン希望のアルノス一行は、教会関係者ではないので宿に宿泊させた。
到着後直ぐに、ボルト正教会のファリス様に、領主と王妃と第四王子に面会依頼を出してもらった。
ファリス様には、チート正教会のサイリス様から、ハヤマで歌劇団のことと、リースであるイツキのことが事前に知らせてあったので、教会で働く者は嬉々として、歌劇団の公演に協力してくれた。
ダルーン王国民は当然のことながら、ダルーン王国で働く教会関係者も、音楽や芸術や演劇が大好きだった。
8日午前、領主の屋敷に向かったのは、イツキ、フィリップ、スミス団長、ファリスの4人で、既に用意されていた歌劇団の公演の許可と、劇場の使用許可を書面にて受け取ったスミス団長は、劇場との打ち合わせのため直ぐに屋敷を後にした。
客室に案内されていたイツキ、フィリップ、ファリスの3人は、領主であるボルト公爵との面会を待っていた。
「お待たせしました。礼を解いてお座りください」
入室してきたボルト公爵52歳は、数年前まで軍の最高責任者だったというだけあり、鍛えられた体躯に眼光鋭く、王都チートで見掛けた平穏な貴族たちとは全く違うタイプだった。
纏っている空気がぴりぴりと緊張していて、来客に対し警戒心を持っていることを隠そうとしていない。
入室後直ぐにファリス様とフィリップの礼をとき、礼をとらず立ったまま微笑んでいたイツキに視線を向け、驚いたように一瞬立ち止まった。
「領主様、本日は案内役として参りましたので、これにて失礼させていただきます」
ファリス様は立ち上がると、早々に暇乞いをする。何故かイツキとフィリップを紹介することもなく、イツキの前で跪き深く頭を下げると、領主に一礼して退出していった。
公爵である自分に礼をとらず、それをファリスが咎めない。そして領主よりも深い礼を受ける目の前の男は何者なのだろうと、ボルト公爵は瞬時に考える。
しかし、いくら考えても分からない。
自分よりも目上の立場の人物となれば、王族くらいしか思い当たらない。
「本日は急な依頼にも拘わらず、面会いただきありがとうございます。自己紹介が遅れました。カルート国の伯爵でフィリップ・ロム・カラギと申します。そしてもうひとつの名は、フィリップ・アルバ・ロームズといいます。レガート国ロームズ領の伯爵でもあります」
一旦立ち上がっていたフィリップは、再び軽く頭を下げ挨拶をした。
「カルート国とレガート国の伯爵? ロームズと言えばレガート国の飛び地。ハキ神国に戦争を仕掛けられ勝利し、確か医学大学ができた場所ではなかったかな?」
全く予想もしていなかった国の貴族が面会を求めたのだと分かると、ボルト公爵は再び首を捻りながら、ロームズについて知るところを述べた。
「その通りでございます。私はロームズ領の次期辺境伯となる者であり、こちらにいらっしゃいますイツキ様に仕える者です」
そう言いながら、フィリップはイツキの後ろに下がり跪いた。
ボルト公爵は益々混乱する。2つの国の伯爵であり、1つの名がレガート国の次期辺境伯になる者の名であれば、その人物が跪き礼を尽くすのは、ロームズ領の現領主か、レガート国の王族以外有り得ない。
目の前で微笑む少年のような若者は、いったい何者なのだろうか? もしもロームズ領の領主であっても、他国の公爵に礼をとらないのは完全に不敬となる。ならば王族?と思索を巡らす。
「挨拶が遅れました。私は多くの名や身分を持つので、その全てを名乗ることを控えさせていただきます。どうぞ私のことはイツキとお呼びください。私は本来国籍を持たず、ブルーノア本教会に属する者です。本日は青い衣を纏っていません。ですから、礼には及びません」
イツキは言い終わると先程より少し笑みを深くし、公爵の正面の席に座った。
座った途端、イツキの背後に幅10センチくらいの光の輪が現れ、公爵の体に金色の光の粒が降ってきた。
その金色の光の粒は、ぐるりぐるりと公爵の体の周りを回りながら、いつの間にか消えていった。
いったい何が起こったのか分からず、目を見開いたまま固まっていた公爵は、イツキの後ろに出現した光の輪を直視し、慌ててその場に平伏した。
カタカタと小さく体が震えて、感情とは別の何かに本能が恐れをなし、平伏さずにはいられなかったのだ。
「礼には及ばないと言ったのですが・・・お座りくださいボルト公爵。長年に渡る腰痛と右腕の痺れは治しておきました。貴方には、これからダルーン王国の次期国王を守り、戦争を回避していただかねばなりません。王妃と第四王子をお呼びください」
今度は体まで薄っすらと光らせながら、金色に変化した瞳で命令した。
ボルト公爵はなんとか立ち上がり、廊下で控えていた執事に、直ぐに2人を連れてくるよう指示を出した。
イツキにしては珍しく、今日は最初からリースとしての立場を前面に出して行動していた。
王族同士で殺し合いをしている王宮から、甥である第四王子と妹である王妃は逃げてきた。だから刺客や毒殺から守るため、ボルト公爵は面会者の全てを敵と思い厳重に警戒してきた。
その用心深さがあったから、王妃も第四王子も生きていられたのだと、イツキなりに理解していた。
だから信用を得るための腹の探り合いを止め、リースとしての使命を果たすべく、最善の方法をとり教会での身分を明かすことにしたのだ。
実際に王子は刺客にも襲われていたし、側室の誰かが送って来たと思われる贈り物の中に、毒蜘蛛が入れられていたこともあった。
既に王妃は、2人の王子を失っている。ボルト公爵にとって可愛い甥は、もう第四王子のドルトン28歳しか残っていなかったのだ。
残念ながら国王は、ギラ新教徒である3番目の側室オリビエの言いなりだった。王妃のことも体の弱い第四王子のことも、次第に疎むようになり、静養に行きたいという王妃の願いをあっさりと許可していた。
王妃が不在になり、現在では側室のオリビエが王妃のように振る舞い、他の側室よりも力を得ていた。
「お待たせしました。王妃様と第四王子ドルトン様をお連れしました」
執事が客室の前で部屋の中の主に報告し、ドアを開けて2人を中に案内する。
部屋の中に通された2人は、客人の1人は跪いて礼をとっているが、もう1人が礼をとっていないのを見て不快な顔をした。
王妃も王子も、この国の中で、自分に対して礼をとらない者と対面したことがなかったのだ。
「王妃様、ドルトン王子、礼をおとりください。こちらはブルーノア教会のイツキ様。聖なる青の衣を纏われるお方、信者であるなら不敬は許されません」
ボルト公爵は王妃と第四王子に厳しく言って、自分もまたドアの前まで下がり正式な礼をとった。その姿を見た2人は、ようやく青の衣の意味を理解し、慌てて公爵の隣で正式な礼をとった。
「礼をお解きください。私は立場上、常に極秘で任務にあたっています。ですから今日の訪問は、決して記録に残してはなりません。神の子としての命令です」
今日のイツキ様は、話し方もお姿も神々しい。我が主は、また大きく進化されたと、フィリップは感慨深く頷いた。
「神の子・・・」
ドルトン王子は、王子とは思えないラフな格好をして、つい神の子と発してしまった自分の口を、両手で慌てて塞いだ。
ブルーノア教徒は、天聖であるリーバ様を【神の使徒】と呼び崇め、教聖であるシーリス様を【神の導き手】と呼び敬う。そして聖人であるリース様を【神の子】と呼び畏れる。
リース様は、時に天罰を下すとも言われており、多くの感謝を捧げられるが、畏敬の念も抱かれている。
リース様が過去に天罰を下されたのは、主に権力者に対してである。
だからこそ王族や領主は、本教会を通してシーリス様には頼みごとをするが、天罰を下すリース様には、決して頼み事などしないし実際に出来ない。
そもそも、リース様にお会いすること自体が、奇跡だと言われている。
世界の常識で考えると、レガート国の王族や領主たちの態度は、かなりの例外だったと言える。
それでも、イツキが王都ラミルを去ると断言した時、国王や秘書官や領主たちも、見捨てられるという罰を与えられた気がしたはずである。
「どうぞお座りください。今日私は、将来ダルーン王国の国王となるべきドルトン王子に、王として相応しい器を身に付けるため、また、暗殺者から身を守るため、修行の旅に出ることを勧めに来ました」
イツキは瞳を銀色に変え、じっとドルトン王子を静かに見つめながら言った。
イツキが【銀色のオーラ】を放ち始めたので、室温は下がり、急に息苦しくなっていく。
それでも流石というか、軍で鍛えた公爵は顔色一つ変えず、王子は少し眉を寄せただけだった。王妃は体を震わせ椅子に座り込んだ。
これが神気というものなのだと身を以て体験した王妃は、顔を上げることさえできない。公爵と王子はゴクリと唾を飲み込みながら、静かに椅子に腰を下ろした。
「発言してもよろしいでしょうかリース……いえイツキ様」
「勿論構いませんよボルト公爵」
「今、将来の王となるべきドルトン王子と仰いましたでしょうか?」
信じられないという顔をして、ボルト公爵はイツキに確認してきた。
「はい、そうです。数年後、ハキ神国で内乱が起こり、ダルーン王国も巻き込まれます。実質その戦争は、ブルーノア教徒とギラ新教徒の戦いとなるでしょう。
その時まで、ドルトン王子には身を隠していただきたい。
カルート国にとっての希望がシルバ皇太子であり、ハキ神国の希望がラノス王子であるように、ダルーン王国の希望はドルトン王子なのです。
私はリースとして、次代の王を守らねばなりません」
イツキは無表情のまま、未来の出来事を予言する。
今度は【金色のオーラ】を放ち、無数の小さな光の玉を部屋中に飛ばし始めた。もちろん意図して光の玉を出した訳ではないが、【金色のオーラ】を放つと、何かが起こることは分かっていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




