旅は道連れ
7月28日午後、ダルーン王国の王都チートを旅立ったブルーノア歌劇団一行は、次の目的地である海辺の街トーラを目指して荷馬車に揺られていた。
ブルーノア歌劇団は、芸術学校の教授だったスミスを団長に、特待生として2年生に在学していたが自主退学した5人と、領主推薦で特待生として入学するはずだった20人の総勢26人で結成されていた。
大型の荷馬車には、舞台や衝立になる木材が積まれ、中型の荷馬車には大道具・小道具・衣装が積まれ、御者台に其々2人が座っていた。
残りのメンバー22人は、買い取った古い辻馬車2台に分かれて乗っている。
ブルーノア歌劇団とは別に、先頭を行くのはイントラ連合国の商人であるアルノス・シロヤ24歳と、従者オベール26歳と御者兼護衛が乗る小型馬車である。
しんがりはランカー商会所有の、高級辻馬車のような新型の馬車で、乗っているのはイツキ、フィリップ、ハモンド、ベルガの4人で、御者台に座っているのはドグとガロルの2人である。
本来ならイントラ連合国で合流するはずだったベルガ(イツキの教え子で軍医)は、医学大学の講義のノルマをこなし、ランカー商会の新型の馬車と商品を届けるという名目で、昨日イツキたちと合流していた。
「信じられない乗り心地だなベルガ」
「そうなんだよハモンド。イツキ先生が急ぎの特注だから間に合わないだろうって言ってたけど、他の仕事を後回しにして、エイダモ商会が頑張ってくれたらしい。疲れないからチートまであっという間だった。しかも2頭立てだから早い早い」
「いや本当にいい仕事をしてくれました。座席が6人分と荷物棚備え付けの馬車なんて、無理な設計かと思ったのですが、商品も積めて商会の馬車らしくなりましたね」
イツキは後ろを振り返り、荷物棚に積んである商品の数々を見て満足そうに頷く。
棚に積んであるのは、ランカー商会の主力商品であるポムペン、小型ポルム、女性の既製服(ドレスを含む)、馬車の緩衝材と車輪である。
ランカー商会として旅をしているのだから、商品は無いよりあった方がいいに決まっている。本来はベルガと合流するイントラ連合国で売ろうと思っていたが、馬車が届いたことにより体裁は整えられた。
「ところで、あのイントラ連合国の商人アルノスを、パトロンとして認めるおつもりですかイツキ先生?」
どことなく不真面目そうな印象のアルノスに対し、ハモンドは懐疑的だ。
「まだ決めてないよハモンド。かなりの変わり者だとは思うけど、悪いヤツではなさそうだし、彼の実家であるシロヤ家は、イントラ連合国でも有数の豪商だったはずだ。それを全く言わないところが面白い」
イツキはどこか楽しそうに黒く微笑みながら言う。
シロヤ家は古くから続く名門の領主であり豪商で、イントラ連合国では珍しく熱心なブルーノア教徒の家だったが、先代の当主が王家の借金を肩代わりし、急速に衰退してしまったと本教会の情報部から聞いていた。
そう言えば2年前にイツキがイントラ連合国に立ち寄った時、イントラ正教会のサイリス様が、シロヤ家のことを心配されていたなと思い出した。
「単純そうに見せているが、商人の特徴なのか底が見えない。目的がブルーノア歌劇団の利なのか、ランカー商会との取り引きを求めているのか・・・本当に歌姫エレニアのパトロンになりたいのか分からない。商会主だというのに店舗を持っていないマイナス面さえ、隠そうとしないところも理解できない」
貴族の腹の探り合いに長けているフィリップでさえ、貴族と豪商の両方が政治の実権を握る、イントラ連合国みたいに特殊な国の人間を理解するのは難しいようだ。それでも長いこと【王の目】を率いていた時に身に付けた眼力が衰えた訳ではない。
そんな眼力を持ったフィリップが、首を捻る人物がアルノスである。
昨夜チート正教会で面談したイツキとフィリップは、熱心にエレニアの素晴らしさを語るアルノスと、隣で困り果てた様子の従者オベールを見て、間違いなくエレニアのファンになったことは理解できた。
しかし、パトロンを名乗るからには、それ相応の財力が必要になるのだが、彼は決して金持ちではなかった。
「帰国後直ぐに学校を卒業し、1年後には大商人になって見せるので、筆頭パトロンの座をください。それまで彼女の衣装代は払わせてください」
長い銀髪を後ろで緩く結び、整っている顔を隠すように似合わない眼鏡をかけ、服装は貴族に近いが派手ではなく、目立ちたくない風を装っているが、何故か目を引くという風貌のアルノスは、自信たっぷりに言い切った。
「卒業するということは、貴方はイントラ高学院の学生でしょうか?」
ランカー商会の商団を率いていると自己紹介したイツキは、にこりと微笑みながらアルノスに質問した。
「はい、経済学部の学生です。イツキさんも学生ではないのですか? 確かランカー商会のご子息の一人はラミル上級学校に通っていると聞いた気がします。ああ、私、昨年から諸国漫遊の旅に出ておりまして、年末にレガート国の王都ラミルで、偶然ランカー商会のポムペンを買ったんです」
質問しているのはイツキだが、逆にイツキが誰なのかを探るような瞳で、アルノスが質問を返してきた。
商人にとって大事なことは情報である。しかも、正しい情報でなければ相手を疑い、易々と信用したりしない。笑顔で商談していても、決して心を許さないのが一流の商人である。
「それは運が良かったですね。年末には店頭販売が中止され、4月まで一般販売が延期されましたから。どうですかポムペンの使い心地は? ああ、それから、確かにランカー商会の子息は上級学校に在学しています。でも、私はその子息ではありません。まあ、私も学生のようなものですが」
どこまでランカー商会のことを調べているか分からない相手に対し、商会の子息であるトロイに成り済ますのは得策ではない。
もしも目の前のアルノスが、本気でランカー商会との取引を考えていたとしても、何の後ろ盾もなく紹介者もいない商会など、ランカーは決して相手にしなかっただろう。というより、昨年末は、まだ他国と取引できる状況ではなかった。
「とても重宝していますよ。貴重な物なので自宅に置いてありますが、素晴らしい発明品です」
心からそう思っている様子のアルノスは、キラリと瞳を輝かせながら微笑んだ。
商人にとって出会いとは、出会った時に利に繋がらなくても、その縁を大事にできるかどうかで、将来の成功を大きく左右するものである。
貴族が大きく飛躍することは稀だが、商人は違う。大きな下剋上もあり得るし、波に乗れるか、当たりを引き当てられるか、時代を読んだ者が成功者となるのだ。
「そう言って頂けると嬉しいですね。パトロンの件ですが、これからブルーノア歌劇団は、イントラ連合国に向かいます。首都イントラに到着するまで、貴方をパトロンとして……筆頭パトロンとして認めるかどうか結論を先送りさせてください。筆頭として相応しい者が、他に現れる可能性も充分にありますので」
話をパトロンのことに戻し、イツキはアルノスに条件をつけた。
「それでいいです。でも、首都イントラまで一緒に旅することをお許しください。もちろん、エレニアさんに必要以上に話し掛けたりしません。歌劇を見れるだけでいいんです。あぁ、練習風景も見たいかな……邪魔にならないようにしますし、エレニアさんの護衛が増えたと思ってもらえれば、ええっと……受付の手伝いでも、荷物運びでも何でもします」
さっきまでの商人の顔が剝がれて、エレニアの名前を口にする度、恋に盲目となった男の顔に変わっていく。その落差というか変化が、フィリップにはどうしても理解できなかった。
「いや、むしろエレニアの危険度が増すような気がします。旅は道連れ世は情けと言いますので、同行することは許可しますが、エレニアに直接話し掛けるのは止めてください。エレニアの恋人になりたいのなら、旅もご一緒できません」
エレニアを思い浮かべて顔を赤くしているアルノスに、イツキは厳しい視線を向けてはっきりと言い渡した。
アルノスは「ううぅっ」と唸って、そんなことができるだろうか? という表情をしながら渋々了承した。
最初の目的地トーラ領の領都の手前の町で一泊し、夕方ようやくトーラに到着し、ブルーノア歌劇団一行はトーラ正教会の【教会の離れ】に宿泊することになった。
チート正教会のサイリス様によると、ダルーン王国の中でも、トーラとボルトの領主はギラ新教に洗脳されておらず、この2人の領主は、ボルト領で静養している王妃と第4王子派らしい。現在も敬虔なブルーノア教徒なので、歌劇団の公演には必ずや協力してくれると情報をもらっていた。
翌日、イツキと団長スミスは、トーラ正教会のファリス様と一緒に領主様と面会し、ブルーノア歌劇団の公演の許可を取り付けた。
イツキは知らなかったが、ダルーン王国では、どこの領都にも劇場がある。レガート国では考えられないが、劇場の大きさや音の響きの良し悪しを、領主たちは長年に渡り競い合ってきた。
「ブルーノア教会に寄付をしないという、国王の告示は真実だったのですね。私はダルーン王国の領主であることが恥ずかしくてたまりません。何も出来ませんが、劇場の使用料は頂きませんので、チケットの価格を庶民でも買える値段にしていただければ嬉しいのですが・・・」
トーラの領主は、ブルーノア歌劇団が王都チートで行った公演の情報を正しく掴んでいた。だから王立劇団の公演チケットよりも、ブルーノア歌劇団のチケットの方が高額であることも知っていた。
王都と違い田舎のトーラの領民では、とても買える金額ではなかったので、領主は劇場使用料を取らないことで値引き交渉をしてきたのだ。
「領主様、チートで行った公演は、国立劇場の高額な使用料とブルーノア教会への寄付金、そして歌劇団への寄付金を含んでいたため高額となりましたが、敬虔なブルーノア教徒である領主様が治めておられるトーラでは、指定席が銀貨1枚(1万円)で、一般席は小銀貨2枚(2千円)、立見席は小銀貨1枚を考えております」
「なんと、チート国立劇場の10分の1以下の値段ではないですか!」
「はい、それで充分です。劇場の使用料が掛かりませんから、市民劇団の公演より安くできます。そのことを知れば、領民たちも領主様の寛大なお心に感謝することでしょう」
領主と交渉していたイツキはにっこりと微笑み、チケット販売をする時、チケットが安いのは領主様が領民と教会のために、劇場の使用料を無料にしてくださったからだと、きちんとポスターに書いておきますと約束した。
役者や演奏者は明日の公演の練習に励んでいるが、美術担当者はポスターを書いて、昼までに掲示板に貼らねばならない。そして午後からは、トーラ正教会の中庭で、礼拝に来た人達に練習風景を見せることで、広告塔になってもらわねばならない。
旅を急ぐブルーノア歌劇団は、かなりの強行軍で移動しているので、公演の宣伝に時間がかけられない。だから役者たちは、夕方町に出てちょっとした小芝居を広場でやって、明日の宣伝をする。
これがベテランの役者ならプライドが高くて出来ないところだが、全員が素人である。怖いものもないし懸命に頑張らねば、正団員になれないとイツキに脅され……いや、現在正団員になれるかどうかの試験期間中だった。だから誰も文句を言ったりしない。
そもそもブルーノア歌劇団の団長以外は、領地のない貧乏貴族か普通の一般庶民の子供たちだから、国外に出たことなどない。だからイントラ連合国やハキ神国に行けるのが楽しみで仕方なかったのだ。
皆の頑張りの源は、王都チートにおける公演の成功と、イツキの語りにあった。
「自分たちが時代をリードし、新しい文化を創る担い手になるのだという自覚を持ち、ブルーノア教会のシーリス様やリース様の活動や偉業を伝えるという、崇高な使命も与えられているのだと胸に刻め!」というイツキの熱い熱い演説に感化され、全員が燃えに燃えていた。
歌劇という新しい演劇は、舞台美術も音楽も、演出さえも未知のものに近かった。
物珍しさや新しさ、群を抜く主役の存在があったことは言うまでもないが、それでも多くの人々から拍手され受け入れられたことは大きな自信となっていた。
劇団員が若いから主の無茶ぶりに付いていけるのか、主のカリスマ性が凄いからなのか、騎士役で練習に参加していたフィリップは、溜め息をつきながら考えてしまう。
そして公演の幕は上がった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
仕事に復帰し、更新が遅くなりました。




