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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
リース探しの旅 ダルーン王国編

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219/222

ブルーノア歌劇団(5)

 7月26日、イツキたちが明日の本公演の準備をしていた同時刻、チート正教会のサイリス(教導神父)ハリエルは、王宮で国王に謁見していた。


「それでは本当に国王は、ブルーノア教会に寄付金を払わないのですか? そしてチート芸術学校の貧しい学生を見捨てると仰るのですか?」


「仕方あるまい。今の財政状態では教会に払う寄付金などないのだ。芸術学校の方も、このままでは存続が難しいと校長であるバッカスから報告を受けた。授業料や受験料が払えない学生に施すゆとりなどない」


 ダルーン王国のヤバイル国王は、決してサイリス様と視線を合わせようとしない。むしろ合わせることができなかった。

 いくらダルーン王国が貧乏だとしても、これまでブルーノア教会に寄付金を支払わなかった国王などいない。もちろん、寄付金が払えないほどダルーン王国が貧乏な訳ではない。

 ギラ新教徒である国王からしたら、信心していないブルーノア教会に寄付金を支払う必要を感じられなくなっただけである。


 ギラ新教に支払う寄付金は、ブルーノア教会に支払う寄付金の倍以上だったし、ギラ新教の教えを刷り込まれている王族の多くは、貴族こそが守るべきものであり、それ以外はひれ伏して従う存在であればいいと思い始めていた。

 よき王、正君、尊敬される王、善政を行う君主という言葉は、ギラ新教には必要なかった。


 国や領主では救えない民を、ブルーノア教会はずっと救ってきた。だからどこの国も、敬意と感謝を込めて寄付金を教会に渡す。

 教会が求める寄付金の額など、教会が民に施している様々なことに必要な額の10分の1にも満たないと、どこの国の国王も知っている。だからこそ、どんなに国が苦しい時でも、大陸全ての歴代の国王は寄付金を払ってきた。もちろん教会は、その国の財政を考え寄付金の額を増減させていた。


「そうですか・・・国王は、教会に支払う寄付金はないから、自分たちでなんとかしろと仰るのですね。そして見捨てた学生は、教会が拾い上げて施すのも自由、仕方なく故郷に帰るのも自由というこでよいのですね? 国が支払わない寄付金の穴埋めに、教会が行う事業も自由にしろと解釈してよろしいのですね?」


「ま、まあそういうことだ。バザーでもなんでも勝手にすればよい。せめてもの温情で、授業料の支払ができない学生は、退学命令ではなく、自主退学としてやろう。今後芸術学校に、特待生は必要ない。教会が言うように自由にすればよい」


 体の弱いヤバイル国王は、今日も顔色はよくないが、一番頭の痛い問題であったブルーノア教会への寄付金問題が何とかなりそうな状況に、ニヤリと右口角を上げてほくそ笑んだ。

 そしてサイリスの願い通り、自由を与えてやるのだからと、まるで良いことをした気分にさえなっていく。


「それでは、仰ったことを文章にしましょう。ダルーン王国のサイリスである私は、寄付金が頂けなかったことをリーバ(天聖)様に報告せねんばなりません」


 そこからのサイリス様の行動は早かった。

 本来なら大臣たちや議会で承認を受けるべき公式な書類ではあったが、国王の決断という言質だけではなく、国と教会の公文書としてサインをさせた。

 同席していた国務大臣や財務大臣は、やや不安な顔をしていたが、国王と同じギラ新教徒だったので、余計な支払が減って良かったと思いながら、国王とともにサインしていた。

 むしろ、思い通りに希望が叶ったと、自分の仕事に満足した国王だった。


◆◆◆◆◆  告 示  ◆◆◆◆◆ 


 【 ダルーン王国とチート正教会の同意書 】 


 ダルーン王国の国王であるヤバイル・セブ・ダルーンは、今年度支払う予定だったブルーノア教会への寄付金を、財政難のため支払わないこととする。

 よって、今後ブルーノア教会が行うバザーや資金集めの活動に関して、自由に活動することを認める。


 チート芸術学校の授業料の値上げに関して、支払い能力のない学生の自主退学を認め、退学後の進退は自由であると認める。また、退学した学生に対し、教会が施しを与えることに異議を唱えない。

 ブルーノア教会もまた、チート芸術学校の授業料・入学金・受験料値上げに関して異議を唱えない。


 今年度から、受験料・入学金・授業料を払えない推薦入学者(特待生)の入学を認めない。

 よって、領主の推薦であっても、国王及び校長はその責任を負わない。

 入学できなかった推薦入学者について、教会が施しを与えることに異議を唱えない。


 ダルーン王国は、ブルーノア教会に寄付金を支払わないが、ブルーノア教会の活動を応援し、要請があれば便宜を図ることとする。


 以上の内容を、ダルーン王国国王と、ブルーノア教会サイリスが同意したことを知らせるものである。


◆◆ ◆◆ ◆◆


 以上の内容を書いた3通(ダルーン王国・チート正教会・ブルーノア本教会用)に、国王、国務大臣、財務大臣、サイリスがサインした。

 そして即時、王宮及び王都内、各領地に告示されることになった。




「驚きました。イツキ様が仰った内容で、すんなりと国王がサインしました。同席していた大臣も嬉しそうでしたが・・・この告示を見た国民感情のことなど、本当に何も考えていないのだと分かりました」 


王宮から帰ってきたサイリスのハリエルは、ご機嫌で歌劇団のポスターを描いているイツキに戸惑いながら報告する。


「自国の王が、教会に寄付金を払わないと知った国民や領主が、その異常事態をどう思うのかなんて、ギラ新教徒は考えたりしないだろうな。

 むしろ国民や領主たちに、今年は豊作にも拘わらず、国の財政状態がよくないと知らしめたことで、税を上げ易くなったくらいに考えているのだろう。

 何故ブルーノア教会が歌劇団を作ったのか、何故こんなにチケットが高額なのかという疑問について、説明する手間も必要もなくなった。

 観劇したブルーノア教徒が、より信仰を深めることになれば、国王への不信感は増し、芸術学校の学生に同情の声も上がるだろう」


 計算し終わった公演の経費明細の書類を、トントンと机の上で揃えながら、フィリップは淡々と語っていく。

 カルート王国の財政立て直しで尽力したフィリップは、国民のことなど全く考えていなかった無能な貴族の多くが、ギラ新教徒の大臣や副大臣の下で働いていたことも、カルート国の貴族の多くが教会に足を運ばず、信仰心を失くしていたことも身に染みて理解していた。


 だからこそ、主であり半身であるイツキが考えた、歌劇団の活動により国民の信仰心を強くすることで、ギラ新教に洗脳されない環境を整え、国王の在り方を問う力を身につけさせる作戦に期待していた。


「それで、首尾は如何でしたかサイリス様?」


「はいイツキ様。すっかり気をよくした国王と大臣が、特別に寄付してやろうと言って、ボックス席と指定席のチケットを買ってくれました」


「それは良かった。実は既にポスターの中央に、王族や大臣の家族も観劇されますと書いてしまったので、消さなくて済みますね」


 イツキはにっこりと微笑み、ポスターの中央に書かれていたその文言を、朱色の絵具で強調するように囲んでいった。

 そして出来上がったポスターを、王都の掲示板に貼ってくるよう、チケット完売を夢見るファリス(高位神父)に指示を出した。

 貼り出されたばかりの国王様から告示を見ていた王都民たちは、告示の隣に新しく貼り出されたポスターに、目が釘付けになったのは言うまでもない。

 なにせ、ポスターを描いたのは、絵の得意なイツキと、芸術学校で美術科に在籍する学生たちだったのだから。


 今回の作戦成功の鍵は、タイミングとスピードにあるとイツキが言っていた意味を、チケット完売に向け指揮を執っていたファリス(高位神父)のオーベルトは、脱帽する思いで実感していた。

 噂の歌劇団公演のポスターには、ひっきりなしに人が集まり、瞬く間に王都中に広がっていったのだった。





「なんて素晴らしい村娘(エレニア)の讃美歌だったのでしょう」

「ええ、あの歌声はダルーン王国一ですわ」

「歌劇も素晴らしかったですわね。わたくし思わず一緒に歌ってしまいましたわ」

「あれこそが天使の歌声。そしてシーリス(教聖)様(イツキ)のお声は、神の存在を身近に感じられ、わたくし……ああ、また涙が零れそうですわ」


 貴族のご令嬢と思われる一行が、歌劇を見終えて熱い息を吐きながら、口々に素晴らしかった、感動したと感想を語り合っている。


「それにしても、歌いながら踊るなんて、低俗なお芝居かと思って期待していなかったのに・・・もう、普通のお芝居では満足できなくなりそうだわ」

「ええ、出演者がすべて若くて……特に主演の男性(シュバル)が素敵だったわ」

「あら、私は領主様役(ハモンド)の方が素敵だと思いましたわ」


貴族というより商家の娘と思われる娘たちも、素敵だったと瞳を潤ませる。


「新しい歌劇は、演者と観客が一体となって歌うことで、まるで自分も演者になった気分になれるところが、素晴らしかったと思わないか?」

「ええあなた。私、王立劇団よりも、ブルーノア歌劇団の方が気に入りました。もう次の町に移動するなんて残念だわ」


豪華なドレスを身に纏ったご婦人と、その夫と思われる貴族の男性も、歌劇団を気に入った様子である。ダルーン王国の国民は、貴族だって歌や踊りは大好きだった。

 終わったばかりの歌劇の感動に酔いしれ、人々はなかなか劇場を去ろうとしない。


「皆様、只今販売用のポスターが届きました。ポスターの売上は、全て教会に寄付されます。本来なら小銀6枚(6千円)のところ、特別に小銀貨4枚で販売いたします。数に限りがございますので、どうぞお早めにお買い求めください」


演奏担当だった団員見習いの5人が、大きな声でポスターを販売すると声を張り上げた。その隣では、団員になったバイオリン担当の元学生が、人集めのために歌劇で使った曲を演奏し始める。


「どれだけ儲けるんですかイツキ様。小銀貨4枚でもぼろ儲けですよね?」


「嫌だなあハモンド、あのポスターの売上は、これから教会を頼ってやって来る、芸術学校の苦学生に仕事を与える資金になるのです」


「でもポスターを描いた学生のバイト代は、ポスター1枚で小銀貨1枚でしたよね?」


「ハモンド、絵具代が小銀貨1枚ですから、ほとんど儲かっていませんよ。商会長としては小銀貨5枚は頂きたかったところです」


 ポスターに群がるご令嬢たちの姿を、人々から離れた柱の影から見ながら、自分は商会長としては失格ですよとイツキは付け加えた。

 干ばつに強い作物の栽培を指導し、人々に希望と勇気を与える【印】を持つシーリス様の役を演じたイツキは、ポスターの中では微妙な後ろ姿で描かれており、決して身バレする危険はなかったが、領主様役のハモンドは、実物より3割増しの美青年に盛られて描かれていた。

 国王の騎士や領主様の護衛役でフィリップも出演していたが、甲冑をつけていて顔を出していなかった。もしも素顔で出ようものなら、1番ポスターの売上に貢献したと思われるが、身バレを避けて甲冑姿で剣舞などを披露していた。



 にっこりと聖女の頬笑みで、【歌劇団への寄付をお願いします】と書かれた募金箱を持って、劇場の正面出口に立っていたのは、主演女優であり歌姫エレニアと、美青年で主演男優のシュバルだった。

 募金をしてくれた人には握手のサービスをしていたので、老若男女を問わず、みな気前よく寄付をしてくれた。しかも「頑張ってね!」と応援してくれる人ばかりだった。

 王立劇団の主役などは、決してお客様と握手なんてしないし、特別な高位貴族やパトロン以外に、微笑むこともしないのが普通だったので、寄付した人は大喜びだった。


「いくら財政難でも、教会に寄付金を払わないなんて信じられんな」

「旦那様、王族の方もいらっしゃいます。お声を控えてください」

「フン!私はイントラ連合国の商人だ。聞こえても構わん!」


 イントラ連合国の商人と思われる若い男が、少しばかり大きな声で、募金箱に金貨1枚を入れながら辛口の批判をする。そしてエレニアと握手をして「ぜひパトロンに立候補させてください」と、跪いて名乗りを上げた。

 すると、すかさず歌劇団の団長であるスミスがやって来て、その商人と従者らしき2人を笑顔で別の場所に案内していく。


「多額のご寄付をありがとうございます。歌劇団の団長でスミスと申します。パトロンの申し出をいただいたようで、詳しい話をさせていただいてもよろしいでしょうか? 当歌劇団は、金銭面でランカー商会から後援していただいておりますので、パトロンを希望される場合は、ランカー商会の承認が必要になります」


劇場の出入口から少し離れた人気のない場所で、スミス団長は笑顔で対応する。

 この時代、いや、いつの時代も劇団や役者にはパトロンがつきものである。普通はその申し出を断られることは少ないが、人気の役者の場合は、パトロンにも優先順位がついたり、断られることも稀にあった。


「ランカー商会?・・・私の知るランカー商会なら、レガート国の商会だったと思うが、その方はレガート国の方でしょうか?」


「おや、ランカー商会をご存知でしたか。ほうほう。そうです。レガート国の方ですよ。明日までチート正教会に滞在しておられますから、今夜にでもご紹介しましょう」


スミスは目の前の2人を値踏みするように見ていたが、感心したように頷き、ランカー商会を知っている者とだけ面会するとイツキに言われていたので、丁寧に言葉を返して面会の時間を予約した。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次話では、いよいよ歌劇団が旅立ちます。

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