神獣ー2
開口一番「うまぁ」と口にし涎を垂らした神獣を見つつ、
「人間の世界にはもっと多くの美味い酒や食べ物がたくさんあるぞ?」
「ふぇ、本当か?」
まだ口を閉じない神獣に話しかけている自分が馬鹿みたいに思える。
一層の事ここで切り伏せて違う場所に行ってもらう方がいいのではないか? という疑問すら沸いてくる。
「返して! 私の酒返して!」
神獣から酒瓶を取り返そうとまーちゃんが近づくが、神獣はそれを胸に抱き隠す。
まるでさっきのまーちゃんだ。
「もう少し飲ませんか! わしはまだチビっとしか飲んでいないんじゃ!」
「飲んだのならもういいでしょ! 返して!」
「嫌じゃ嫌じゃ! これはもうわしの物じゃ!」
ギャアギャアと騒ぐ二人を見てまるでまーちゃんが二人になった気さえ起こる。
「そのへんにしとけよ! 酒はやる。だから話を聞け」
「なに言ってるの! あれは私の酒よ!」
俺は片手を頭に添え「はぁ」とため息交じりにまーちゃんと神獣を交互に見渡す。
「まーちゃん、あとで浴びる程の酒を冒険者組合で頼んでいいからあの酒は諦めろ」
「嫌よ! きっとあの酒はゴブリンしか作らないレア物よ! 冒険者組合にはないわ、きっと」
「そこまで言うからには根拠がありそうだな、言ってみろ」
「…………」
「言えよ」
「………………」
「怒らないから言ってみろ」
「…………本当?」
「ああ、だから言ってみろ」
「冒険者組合で出されてる酒は全て飲んだわ、でもその酒はなかったの! だからレア物なのよ!」
「ほぉ……どこにそんな金があったんだ? お前の小遣いは俺が管理しているはずだが?」
「もちろんゆーくんにつけておいたのよ! しかもバレないように念入りに報酬から少しづつ引いてもらえるように頼んだの! すごいでしょ! 私頭良すぎない?」
「そうかそうか」
俺は笑顔を作りまーちゃんに近づき――
頭に鉄拳を食らわす。
「いたぁ! いたぁ!! いたぁ!!! なんで殴るの! しかも三回も! 怒らないと言ったでしょ! それが勇者のする事なの! この嘘つき勇者!」
「うるさい! こんのダメ魔王が! 勝手に人につけをなすりつけてんじゃねーよ!」
「うわぁぁぁん! ゆーくんが怒ったぁ!」
ピャアピャアと泣きながらフェリスの後ろへと隠れるまーちゃん、そして殴られた所をフェリスに撫でられている。
こいつが魔王ってんだから神獣も本当は尊敬に値しないただの獣かもしれない……。
そんな事を思いつつ神獣に目をやると未だに酒をチビチビと大切そうに飲んでいた。
ああ、やっぱこいつ神獣じゃなく珍獣だわ。
疑念から確信に変わり、神獣を見る目が変わる。
「おい白蛇、お前違う場所で静かに生活してくれないか?」
「む? どういう事だ?」
「ここはゴブリンの村なんだ、だからここでゴブリン達の守り神にでもなるか、それとも違う静かな場所を探してそこで生活してくれないか?」
「人間の分際でわしに指図するか! 寝言は寝てから言え! 貧弱な人間め」
「一戦交えてもいいが勝つのは俺だぞ?」
「ほほぅ、その自信はどこから出てくるのだ?」
「お前の勇者免許見してみ?」
神獣が怪訝な表情を作りながら手を叩き片手から引き抜くように勇者免許を取り出す。
「これを見せればいいのか?」
「ああ」
俺は近づき勇者免許に目を通す……。
「ほらな、ランクがSSだ。所詮その程度の力よ」
「なにを言っている?」
不思議がる神獣に俺の勇者免許を見せる。
それを神獣はまじまじと見て……。
「神話級? お前が? あり得んな」
「なぜだ?」
「オーラがゴブリン並みに弱っちい」
「…………」
「そ、そんな事はありません! この人はこう見えても野良のトレジャー・キーパーを倒した人なんですよ!」
「嘘つけ! こんなに弱っちい「神話級」がいるはずがなかろう。「神話級」というのはだな、もっとオーラとかそれなりの佇まいをしている者の事を言うのだぞ?」
「そ、それは……」
がんばれリスティ! もっと俺の事を誇張して伝えるんだ!
「確かに朝に弱くて酒を浴びるように飲んで働くのが嫌いな人ですが……ですが……」
おい、悪口になってるぞ。
「ですが! この人は強いんです! 腕だけは確かです!」
腕だけはってことはそれ以外がダメな子みたいじゃないか。
そんな言い方はやめてほしいな……。
俺は「ゴホン」と咳ばらいを一つし、
「とにかく俺は「神話級」でお前は「伝説級」なんだ。どちらが上かわかるだろ?」
「認めん! 所詮は人間が決めた強さよ! そんなもので測れる程世界は簡単にできてはいないのだ!」
確かにその通りだが――
「ならいっちょ勝負するか」
「ほう、わしと戦うと!」
「ああ、だがこれ以上森を傷つけるのもあれだ。だから勝負は腕相撲でしよう」
「うでずもう?」
「ああ、机……はなさそうだから地面にはいつくばってくれ」
「その間にわしを襲うつもりだな?」
「めんどくせーなこいつ……」
俺は渋々先に地面に寝そべる。
匍匐前進の形で肘を地面につけ腕を立てる。
「ほら、お前も同じ体制で俺の手を握れよ」
「ほう、よかろう」
神獣も同じ体制になり俺の手を握るが、手が逆で俺の手の甲を握っている。
「手が逆だ。俺の手の甲を掴んでどうするつもりだ」
「おお、すまんな。「うでずもう」なるものをしたことがなくてな……」
俺の指摘にすぐさま腕を変えて俺の手を握りなおす。
意外と素直な神獣に可愛らしさを覚えつつ、
「勝負の掛け声とともにどちらかの手の甲がついた方が負けだ。ちなみに肘を宙に浮かせても負けだからな」
「ふむふむ、承知した」
「おーい、リスティ。合図を頼む」
「あ、は、はい」
トタトタと駆け寄ってくるリスティ。
そして――
「いきますよ? それでは……はじめ!」
開戦の幕が開かれたと同時に神獣の手の甲が地面へとめり込む。
「はい、俺の勝ち」
「ちょ、ちょっと待て! 今のは違う! 勝負の内容がわからなかっただけだ!」
「えー説明したじゃん」
「もう一度だ! もう一度勝負を!」
「仕方ないなーもう一回だけだぞ?」
立ち上がろうとした俺はもう一度匍匐前進の姿になり腕を突き出す。
神獣は俺の手を掴みニヤリと笑う。
「ふん」という声と共に片腕だけが女性に似つかわしくないまるで大男の腕の様に大きく膨らむ。
「さぁ始めようか!」
「やれやれ、リスティ頼む」
「え? え?」
今度ばかりは俺が劣勢だとでも思っているのか掛け声をかけることを躊躇するリスティ。
そんなリスティに俺は、
「心配するな、俺が勝つ」
「よく言った、人間よ。その意気だけは認めよう」
「そ、それでは……はじめ!」
ドスンと音を立ててまたも神獣の腕がめり込む。
「ふぅ……これでいいだろ?」
「ま、待ってくれ! もう一度! もう一度だ!」
「何度やっても同じだ。お前は俺には勝てん」
「クソッ! もう一度だ! 最後でいい! だから!」
必死に懇願してくる神獣……仕方なくもう一度だけ付き合う事にする。
「本当にこれが最後だからな?」
「ああ、わかっているとも! どうせ魔法かなにかで筋力を上げておるのだろう? ククッ! <筋力増加>!」
「うわ! きったねぇ!」
「お前が言うか! きっと魔法を使っているに違いない! きっとそうだ!」
「ちっ、わからず屋め……リスティ、頼む」
「は、はい……それでは……はじめ」
ドスンとすでに三度目にもなる大きな音が森林の中に響き渡りピィピィと鳥がまた何匹か飛び立っていく。
「なぜだぁぁぁ! なぜ負けるのだ! あり得ん、こんな貧弱そうな人間に……なぜこのわしが負けるのだ!」
俺は立ち上がりながら、
「俺の方が強いって事だ……わかったならここでゴブリンの守り神になるかどこか静かなところに行け」
「お前について行く」
「……は?」
「お前について行く! そしてなぜ負けたのかその理由を探る!」
「いやいや、来られても困るんですが?」
「それに街に行けばもっと美味しい酒や食べ物があるのだろう? お前について行く」
「だから……ってそれが狙いか!」
「ふふっ、食費と雑費と多少の小遣いで神獣が仲間になるのだぞ? ありがたいだろ?」
「いや、いらない」
「いや! 行く!」
「勝負に負けた分際でなに偉そうにしてるんだ?」
「神獣だから偉いのは当たり前だろう。それに冒険者のせいで巣が滅茶苦茶にされたんだ。その責任を冒険者がとるのは道理だろ?」
「なら巣を滅茶苦茶にした冒険者に言えよ!」
「奴らは気に食わん! 徒党を組んで襲ってきよって! 一人二人ならいざ知らず五人だぞ!」
「それでも神獣かよ!」
俺は腕相撲で使った手首をクルクル回しながら神獣を見下ろす。
神獣は地面で胡坐をかきながら腕を元の大きさに戻し、前に来た冒険者達の事を思い出しているのか顔がムスッとしていた。
俺は「はぁ」とため息交じりに考える。
冒険者に襲われ、神獣は寝床を失いゴブリンを襲う。
神獣に襲われたゴブリンも被害者だが、この神獣も確実に被害者だ。
その五人組の冒険者とやらに文句の一つや二つは言いたいところだ……。
俺は仕方なく――
「来るか?」
「なに?」
「だから……うちに来るか?」
「おお! 行くとも! 人間の街で生活するというのも一興じゃ!」
「はぁ……なんでこう俺は甘いのか……」
「さすがはゆーくんなのん!」
フェリスの声を聞きながら、自分の甘さに反吐がでるなと心の中で呟く……。
全くなんでこうなった……。




