インキュバスー3
冒険者組合の扉をくぐると、広間にはいつもの三倍程の女性がひしめいており、俺の部屋に向けて行列を作っていた。
状況を理解できない俺にまず最初に近づいてきたのは受付嬢だ。
「勇者様! これは一体――」
「俺に聞くなよ……どうなってやがる」
……
…………
………………
あっ、インキュバスだ。
絶対そうに違いない――
「受付嬢、これはな……」
俺は受付嬢に説明する。
インキュバスとサキュバスの商売について。
「ちょっと! 仕方なく居候させるのは聞きましたが商売なんて聞いてませんよ!」
「いや、待て! これは冒険者組合側にもいい事なんだぞ!」
「え? それはどういう……」
「考えてもみてほしい。インキュバスの夢を見るために部屋が毎日満室になるんだぞ?」
「…………確かに。ですがせめて一部屋は開けてもらわないと普通のお客様が来た時に泊まれなくなります」
「ふむ、確かにそうだな。そこは考慮して一室は開けるようにしよう。ちょっとロレンスの所に行くよ」
「はい」
俺は急いで女性陣をかきわけ自室へと入る。
するとロレンスが涙目でこちらを見てきた。
ロレンスの所まで行き状況を聞く……いや、聞くまでもないか――
「ゆーくん、どどどどうしましょう……まさかこんな事になるなんて……」
「待て、落ち着け。これは確かに想定外の客付きだがここでしくじれば今後の経営にも響きかねん」
「ではどうすれば……」
「そうだな、まずは予約制にしよう。それから……」
「こんな状況でもまだ金儲けの話? 一体何考えてるのよ! 騒がしいったらありゃしない!」
俺とロレンスが慌てて今後の事を話し合おうとしてる中、水を差してくるまーちゃんを無視し話を進める。
「一室は開けてほしいとの受付嬢の要望だ。普通の客が泊まれるようにな」
「そ……そうですね。確かに満室にしてしまうと冒険者組合に申し訳ありませんもんね」
「ちょっと! 人の話を聞いてるの?」
「ちょっと黙っててくれないか? まーちゃん」
「は? 舐めてるの? この騒動のおかげで安眠できないんですけど! 土下座しなさいよ! どーげーざ!」
「こいつ――」
俺はまーちゃんにイラつきつつロレンスとの会話に戻る。
「とにかく予約制で冒険者組合の部屋が六部屋、その内この部屋を除けば五部屋……つまり一日四部屋使えるとして、一部屋のベッド数がいくつかが問題だ」
「そうか! 相部屋にするという事ですね?」
「その通りだ。一部屋に一人というのはあまりにも回転率が悪い。相部屋にすればその分――」
「回転率が上がると! さすがはゆーくん!」
「ちょっと! 何無視してるのよ!」
「まーちゃん本当に黙っててくれ」
「この――」
まーちゃんが怒りに任せてベッドから飛びあがり俺へと掴んでくる。
俺は掴んで来た手を翻し関節技を決める。
「いたたたたたた」
「うるさいな、全く……。それよりロレンス! 受付嬢に聞いて来てくれ!」
「はい!」
ロレンスが俺の言いたい事を察して受付嬢の所に駆けていく。
俺はそれを見送りつつまーちゃんの腕を離す。
「ちょっと! 何するのよ!」
これ以上ないというくらい綺麗に決まった関節技を決められた腕をさすりながらまーちゃんが聞いてくる。
「全く……この金儲けは俺達の家の購入資金にあてるんだ。ちょっとは協力しろよ」
「はん! 知ったこっちゃないわ! それより土下座しなさいよ! 寝れないじゃないの!」
「フェリス! 頼んだ」
「…………わかったのん」
フェリスに目配せをすると、俺の意図を汲み取ったのか本を読んでいたフェリスがチラリと俺を見た後、魔法をまーちゃんに唱える。
「睡眠」
フェリスが呟いた瞬間、まーちゃんはガクリと床に転げ落ちる。
「全く……寝顔はかわいいんだが――」
言いかけて壮大ないびきをかきだしたまーちゃんに俺は白い目線を送る。
仕方なくまーちゃんを抱きかかえベッドへと寝かせる事にした。
そんな事をしていると息をきらしたロレンスが帰ってきた。
「はぁはぁ……聞いてきました! 六人部屋を一つ開けて欲しいとの事です」
「それで? 他の部屋のベッド数は?」
「はい! この部屋と六人部屋を除けばあと四部屋……四人部屋が二つに三人部屋が二つの合計四部屋でベッド数は十四です!」
「十四か――まぁまぁといったところか」
「一晩で十四人なら何とか処理できます!」
「よく言った! ロレンス! あと今日処理できないお客には割引券を配り丁重にお帰り頂くんだ。あと予約票なんかも渡しておくといいぞ!」
「はい! すぐに準備します!」
「インムちゃんもロレンスを手伝ってやってくれ!」
「は、はいですにゃ!」
いきなり声をかけられ少し驚きながらもインムちゃんが素直に返事をする。
恐らく手伝わされる事を想定していたのだろう――この数をサービス業初心者のロレンス一人で操業できるか? 嫌、できない。
だからこそ助勢が来るだろうと……そう、その道のプロ……サキュバスへと。
「一応予約券と割引券は店のを見本に作っておいたにゃ――あとはこれを渡すだけにゃ」
「さすがはインムちゃん」
「ありがとうございます! インム先輩!」
「にゃ! もう一度言って欲しいにゃ」
「え? インム先輩?」
「にゃぁ、いい響きだにゃ」
「もしかして初めての後輩か?」
「にゃ、実はいうとそうですにゃ……」
「そっか、大事にしろよ」
「わかってるにゃ」
「これからもよろしくお願いします! インム先輩!」
「なんだか背筋がむずむずするにゃ、でもいい気分にゃ」
そんな会話をしながらロレンスはインムちゃんが渡した予約券と割引券を受け取りそれを配りに外へと一目散に駆けていく。
「なぁインムちゃん」
「はいにゃ」
「なんとなく聞くんだけど……」
「にゃ?」
「本名ってなんていうの? インムちゃんって愛称だよね?」
「はいにゃ、店で使ってた名前で一番後輩が修行時代に与えられる愛称にゃ」
「なんかサキュバスの店もしっかりしてるな……」
「そりゃこの王国でも二号店まで出店していて今度は三号店もオープンする程ですから言葉使いや厄介なお客の処理まで色々と厳しいにゃ」
「それをロレンスに色々と教えてあげて欲しい」
「はいにゃ」
「それで? 実際の名前はなんていうの?」
「それは――――秘密ですにゃ」
にゃ、と言いながら人差し指を立てて、口に軽くつけて可愛らしいポーズをする。
普通ならそこで「かわいいから許すか……」となるのだろうが何故か俺はそれでは満足できなかった。
「教えないとひどい事になるよ?」
「にゃ?」
「いいのかなー、言わないと俺の口が滑ってとある貴族の奥方にインムちゃんが生きてるって話しちゃうかもしれないなー」
「ちょ、なんでそんなに気になるのですかにゃ?」
「なんとなく……」
そう……俺の我儘だ、たったそれだけ……。
「む~、まだサキュバス界では自分の名前を名乗れないのですが……仕方ないにゃ、背に腹はかえられないにゃ……」
インムちゃんは目を瞑り大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた後、軽く目を開き自分の名前を口にする。
「ホロ」
「いい名前じゃん」
俺は気になっていた名前を聞きその後はどうでもよくなった。
それと同時に先程までザワザワと店の中が騒がしかったが、徐々に静まり返っていく事に気が付いた。
「予約券と割引券を渡し終えたか……中々に素早い対応だ」
「ロレンスは見た目が冴えない分、かわいいという評価もできますからにゃ、普通の男なら怒鳴られるけどロレンスなら「仕方ないわね」程度で済むにゃ」
「なるほどな」
「それにインキュバスは珍しいにゃ。下手に文句を言って反感を買うとサービスが受けられないのは周知の事実ですにゃ。ですので渋々帰るしかないんですにゃ」
「そんなに珍しいのか……」
「はいにゃ、サキュバスはそこそこいるんですが、インキュバスは街に一人いればいい程ですにゃ。しかもインキュバスは人になりすまして生活しているのでほぼ見つからないにゃ」
「ふーん」
俺は適当に相槌を打ちながらフェリスが本を読んでいるベッドへと潜り込む。
「まぁ困ったことがあったら助けてあげてくれ。その見返りにここにずっといてもいいから……」
「ありがとうですにゃ」
俺達に差し迫った問題――それはサキュバスでもインキュバスでもない。
当然、「家」の事だ。
これからどんな家を探すか……そしてそのためのお金はどうするか。
あまり気は乗らないが少し危険なクエストをこなして大金を稼がなきゃいけないかもしれない。
そんな事を考えながら枕に頭を乗せ、横で本を読んでいるフェリスの可愛らしい饅頭のような頬をぷるんぷるんと上下に左右に人差し指で触りながら眠りにつく。
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