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「明日だっけ? 洋子ちゃんが帰ってくるの」
事務所に顔を出した美弥子が和音に聞いた。
「うん、だから明日は年休を貰っているわ」
「俺もです」
慎吾が和音の横から声を出した。
「え? あなたも?」
「ええ」
何を当たり前のことを聞くのだという顔で慎吾が返事をした。
冬也たちが台湾に移って二年が経つ。
それを義母から聞いた和音の心には小さな波さえ起こらなかった。
「それじゃあ賢治が休めないじゃないの」
「え? 先輩も行く気だったの?」
「だって、彼は洋子ちゃんのパパだもの」
和音が笑いながら聞く。
「じゃあママも行く気だった?」
「当たり前でしょう?」
「純一君を抱いて?」
「賢治が抱くわよ」
「そんな大きなお腹を抱えて?」
美弥子は二人目の子を妊娠している。
「……ダメかしら」
「ダメじゃないけれど、家で待っていた方が良くない? そっちに連れて帰るから」
唇を尖らせていた美弥子の顔がパッと明るくなった。
「そう? 来てくれるの? じゃあそうする」
二人の会話を聞いていた慎吾が言った。
「俺はカレーが良いです」
「あんたカレー好きねぇ」
「和音さんが作るカレーの方が好きですが、美弥子さんのも悪くないですよ」
「あんた……」
美弥子は呆れた顔をした。
そして翌朝。
「行きましょうか」
マンションのエントランスで待っていた慎吾が和音に声を掛けた。
「うん、行こうか」
二人は並んで歩き出した。
あの入院騒ぎから数日後、慎吾は強制的に引っ越しをさせられている。
しかも、引っ越し先は和音と洋子が住んでいるマンションだった。
賃貸物件として出ていたのを賢治が見つけてきたのだ。
和音たちが四階で、慎吾は二階。
定期的に和音親子による査察と称した掃除が入るため、慎吾は本を本棚に戻せるようになっていた。
自炊をしない慎吾は、ほとんど和音の家で食事をしている。
食費を受け取ってもらえないので、慎吾は洋子名義の積立貯金をしていた。
クリスマスにはまだ早いというのに、駅ビルは赤や緑で華やかだ。
どこからかジョン・レノンのハッピークリスマスが聞こえてきた。
慎吾が和音に聞いた。
「ねえ、和音さんってジョン・レノンのファンだったの?」
「曲は好きだったけれど、どうして?」
「だって洋子ちゃんってオノ・ヨーコからつけたのでしょう?」
「ああ……あれは……」
和音がぽつぽつと洋子の名前の由来を語った。
何も言わずに聞いていた慎吾がフワリと軽い声で言う。
「気が済んだ?」
「気が済んだっていうか……酷いことしちゃったなって反省してる」
「そう? 俺はそうは思わないけどね」
「だって名前は一生ついて回るのよ?」
「うん。でもね、名前なんてただの符号のようなものだろう? 親がどれほどの願いとか思いを込めたかなんて、子供には何の関係もないもの」
「え?」
慎吾が横に座る和音の顔を覗き込んだ。
「だって、俺なんてアイドルの名前そのまんまだぜ? 漢字まで同じだ」
「……ははは。そうかぁ、そうだよね。名前なんて……そうかぁ」
「だから洋子ちゃんは洋子ちゃんだよ。天上天下唯我洋子で良いじゃん」
「ただ我れのみが洋子?」
「そう、だって洋子ちゃんは洋子ちゃんだもの」
「そうか……あの子はただ一人の洋子か」
慎吾がBGMに合わせて口ずさんでから言った。
「戦争は終わった」
「え?」
「ほら、この歌」
「そうね……本当に……そうだわ」




