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「ただいま」

「あら、おかえりなさい。今日は早かったのね」

「ああ。飯は?」

「できてるわよ。今日は唐揚げにしたの」

「そうか。先に風呂に入ってくるよ」

 頷いた小夜子がキッチンへと戻った。

 三年生になった洋子は、以前のように走ってきて抱きつくようなことはない。

 そのことが寂しくもあり嬉しくもあった。

「あ、パパ。おかえりなさい」

「ただいま。今日はどうだった?」

 三年生になってから、洋子は少しだけ元気をなくしている。

 仲の良かった三人とクラスが分かれたせいだろう。

「うん、ちょっと算数が難しかったかな」

「パパが見てやろうか?」

「本当?」

「じゃあ風呂から出たら始めようか」

 洋子が嬉しそうな顔をした。

 こんなにはしゃいだ顔はいつぶりだろうかと冬也は思った。

「確かに魔性だ。ははは」

 パジャマに着替えた冬也が洋子の横に腰をおろした。

「パパ、ここなの」

「ああ、分数か。もうこんなの習うんだな」

「分母が違うと分からなくなっちゃう」

「なるほど、そこか。おーい、小夜子。リンゴってある?」

 キッチンから顔を出した小夜子が怪訝な顔をした。

「リンゴ?」

「みかんでも梨でもいいよ。なんなら豆腐でもいいが」

「キウイでいい?」

「ああ、それでいい。あと果物ナイフも」

 皿にのったキウイとナイフを洋子の前に置く。

「これが二分の一だろ?」

 冬也がキウイをサクッと切った。

「うん」

「で、こっちの半分を三つに切ると……」

「あっ!」

 冬也がニヤッと笑った。

 そんな二人を見ていた小夜子が、泣きそうな顔で声を掛けた。

「できたわよ」

「はぁい」

「さあ、食べようか」

「うん!」

 三人で食卓を囲むのは久しぶりだと小夜子は思った。

 このところ穏やかな顔をしている冬也は、何かを心に秘めているように思えてならない。

 ついに別れを切り出されるのだろうか。

 小夜子は洋子の皿に唐揚げをとりわけながら、自分の鼓動がうるさいと思った。

 食事を終えた冬也が、水割りのグラスを揺らしながら小夜子を見ている。

「あなた……」

 それには返事をせず、冬也が小夜子から洋子へと視線を向けた。

 洋子はテレビを見ながら、細かく切られたキウイを食べている。

「洋子、テレビを消してこっちに来て」

「はぁい」

 小夜子の方がビクッと跳ねた。

「小夜子も座ってくれ」

「はい……」

 冬也が二人の顔を交互に見ながら口を開いた。

「今日打診があったんだ。台湾支社に転勤する」

「台湾……」

「ああ、立ち上げ当初から何度か足を運んでいるし、俺が適任なんだ」

「一人で行くの?」

 小夜子が泣きそうな声で聞いた。

「お前たちが良ければ、一緒に行ってほしい」

 小夜子が弾かれたように顔を上げた。

「一緒に……私も一緒に行って良いの?」

 頷いた冬也が洋子に顔を向けた。

「洋子は? パパと一緒に行ってくれるかい?」

 洋子が小首を傾げた。

 冬也が不安そうな表情を浮かべる。

「当たり前じゃん? だってみんな一緒でしょう?」

 小夜子が思わず顔を覆った。

 冬也の目にも涙が浮かんでいる。

「そうだよ、パパとママと洋子の三人で一緒に行くんだ」

「学校は?」

「今の学校はやめることになるけれど、台湾の日本人学校に入るから」

「だったら問題ないじゃん」

「うん、そうだな。新天地で一緒にがんばろうな」

 洋子が頷いてテレビの前に戻っていった。

「あなた……ごめんなさい……私……本当にごめんなさい」

「小夜子。俺もお前もいろいろ間違えすぎたから。でも、もう前を向こう」

 堪えきれない声が小夜子の口から漏れた。

「ママ? 嫌なの?」

 振り向いた洋子に小夜子が慌てて首を振った。

「違うよ、嬉しいの。また三人で暮らせるのがうれしいのよ」

「あはは、当たり前じゃない。だって家族は一緒にいるものでしょう?」

「ああ、そうだな。洋子の言う通りだ」

 冬也は台湾転勤を切り出した兄の顔を思い浮かべた。

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