44
そして夕方、ガラッと病室のドアが開いた。
洋子にあやとりを教えられていた慎吾が顔を上げる。
「なにこざっぱりした顔してんのよ」
純一を抱いた美弥子だ。
「あ、美弥子さん」
「なにが美弥子さんよ。どれだけ心配させたら気が済むの? あんたのせいで賢治も和音も帰ってこないし、私はこの子を抱えて給食係してたんだから」
「すみません……」
美弥子が小さく息を吐いた。
「過労だって? まあ、そこまでがんばったってことよ。ごくろうさん」
「いえ、ご迷惑を掛けちゃって……どうなりました? 現場、止まっちゃいました?」
抱き下ろされた純一が洋子に手を伸ばした。
「止まるわけないでしょう? うちの優秀な旦那さんと、あなたの相棒が奮闘してるわ。他のスタッフもみんな協力してくれているし」
「あ……俺の相棒……和音さん、倒れてない?」
「大丈夫。あの子って妙にタフなのよ。体だけは昔から」
「ははは……なんだか申し訳ないな」
「申し訳ないと思うなら、もう少し自分の健康に興味を持ちなさい。現場の監督はできるのに、自分の管理はできませんじゃ洒落にもならないわよ?」
「はい。すみません」
洋子と純一が床に座り込んで遊んでいる。
それを見た慎吾がぼそりと言った。
「子供達にも迷惑をかけちゃった」
美弥子がプッと吹き出す。
「そうね、でも大丈夫。この子たちの方があなたよりよっぽど手がかからないわ」
「ははは……マジですか」
「さあ、退院の準備をしましょう。今日は我が家で栄養補給よ」
慎吾が眉を下げながら頷いた。
「ただいまぁ」
リビングに入ってきた賢治と和音を見て、慎吾が慌てて立ち上がった。
「あ……この度はどうも」
純一を抱き上げながら、賢治が慎吾を見る。
「何を通夜に来た客のようなことを言っているんだよ。そんなことより体調はどうだ?」
「ええ、申し訳ないくらいに元気です」
「それは何より」
書類ケースを抱えた和音が入ってきた。
「あ……和音さん。この度は……」
「聞こえていたからもういいわ。元気な顔になったわね。良かった……本当に良かったわ」
「うん。ありがとうね。すごく心配かけちゃった」
「ああ、必要な資料があったから、あなたの部屋に入ったわよ。賢治くんと一緒に」
「え……あの部屋に……」
賢治が洋子を膝に座らせながら言う。
「お前さぁ、良く生きてたな。あの部屋で」
「はあ……すみません」
「デスク周り以外、全部ゴミじゃないか」
「ゴミ……ではないですが……まあ、そんなものです」
「学生の頃から住んでる部屋なの?」
「ええ、十八からずっと」
「もう少し良い部屋に住めるんじゃないか? 今のお前なら」
「そうなのですが、どうも面倒で」
プッと和音が吹き出した。
「逆に感心したわよ。ねえ慎吾くん。本棚って本を置く場所だって知ってる?」
「え……まあ、知ってはいるけれど」
「じゃあなぜお菓子とかカップ麺が置いてあって、本は床なの?」
「ははは……面目ない」
キッチンから美弥子の笑い声が聞こえた。
和音がエプロンを掛けながら慎吾を見る。
「洋子に教えてもらいなさい。本のしまい方」
「はい……」
洋子がニヤッと笑いながら慎吾を見た。
「洋子ちゃん、笑わないでよ」
「笑ってないよ? ふふふ」
賢治の足元で純一が嬉しそうな声を上げた。




