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そしてまた半年が過ぎ、洋子は無事に三年生になった。
純一も順調に成長し、ついに伝い歩きを卒業したと賢治がお祭り騒ぎをしたばかりだ。
「最新版の設計図はコピーしてファイルしておいたわ」
和音の声に顔を上げた慎吾が頷いた。
「ありがとう。もう少しで完成だね」
慎吾の声に力がない。
「どうしたの? 慎吾君? あなた……熱があるんじゃ……」
和音が慎吾の額に手を当てた。
「あつい……すごい熱だわ」
「俺は大丈夫。こんなこと今までもあったし、放っておけば治ったから」
「何言ってるの! 病院に行くわよ!」
和音が慎吾の手からボールペンを奪い取った。
「だめだよ、和音さん。もう時間がないんだ。今日中に出さないと施工業者に迷惑が掛かっちゃう」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ。すぐに病院に連れて行くから」
「ダメだって!」
慎吾が和音の手を払いのけた。
「業者さんに迷惑を掛けちゃダメだ。それこそこの会社が終わってしまう」
「だったら早く治して挽回しなさいよ! それまでは私が持ちこたえてみせるわ。ずっと一緒に走ってきたバディを舐めないで!」
「和音さん……」
慎吾の手がだらりと下がった。
「慎吾君!」
和音の声に社長室から賢治が顔を出した。
事務所にいたスタッフたちも、心配そうな顔をしている。
「どうした?」
「慎吾君がすごい熱なの」
「え……」
賢治が慌てて携帯電話を取り出した。
「美弥子? 慎吾が酷い熱で……ああ、そうなんだ。悪いけれどお義兄さんに……うん。わかった」
「どう?」
「美弥子から連絡させた。すぐに向かえって」
「わかった。私が付き添うから、賢治くんは業者フォローをお願い」
「もちろん任せてくれ」
一人のスタッフが事務所の外に走り出た。
和音はショルダーバッグを斜め掛けにして、慎吾の背中に手を回す。
「歩ける?」
「うん……和音さん。体がすごくだるい」
「すぐに診てもらえるから。もう少し我慢して」
スタッフが停めていたタクシーに乗り、行く先を告げる。
斉藤総合病院の玄関前には、すでにストレッチャーが待機していた。
「さすが大病院のお嬢様だな」
「冗談を言っている場合じゃないわよ」
「和音さん、積算表のことだけど」
ここまで来て仕事の話をしようとする慎吾に、和音が鋭い声を出した。
「後で聞くから。今は治療に専念しなさい。少しは私を少しは信用しなさいよ!」
「うん。ごめん」
運ばれていく慎吾を追いながら、和音は携帯電話を取り出した。
「どうだった?」
賢治の声だ。
「まだ今から診察よ。慎吾君が積算表のことを気にしてて」
「積算表? ああ、これか。これは君たちじゃないとわからないな。現場には状況を説明したよ。こちらは大丈夫だからと伝えてくれ」
「わかったわ。私も落ちついたらすぐに戻るから」
そう言った和音の前で、緊急処置室の扉が閉まった。
「慎吾君……がんばれ」
「あれ? 洋子ちゃん?」
目を開けた慎吾が最初に見たのは、制服を着た洋子だった。
「あっ! 気が付いた? 先生呼ばなくちゃ」
「先生? ここは?」
「ここはママのお兄さんが院長先生の病院よ」
「ああ……そうだった」
「大丈夫? 慎吾くん」
そう言いながら、洋子は枕元のブザーを押した。
手慣れたものだなと思いながら、慎吾はまだズキズキする頭に手をやった。
すぐにやってきた看護師が、テキパキと慎吾の状態を確認していく。
洋子は壁際に身を寄せて、じっと慎吾をみつめていた。
一目で美弥子の兄だと分かる顔をした医師が洋子の頭を撫でた。
「ごくろうさん。もう大丈夫だから」
「うん」
洋子がホウッと息を吐いた。
「洋子ちゃん、ありがとうね。心配してくれたんだ」
ムッとした顔で洋子が慎吾を睨みつける。
「当たり前でしょう? すっごく心配したよ」
慎吾の目尻に涙が浮かぶ。
「俺ってあんまり心配されたことがないから、なんだかこういうのって慣れないな」
慎吾の腕に刺されようとしている注射針から目を離さず、洋子が大人びた口調で言った。
「バカね。みんな心配していたよ。お母さんなんて、昨日も帰ってこなかったんだから」
「え?」
美弥子の兄がのっそりと口を開いた。
「君が運ばれて二日経っている。過労の上に寝不足で、抵抗力が落ちていたのだろうね。風邪をこじらせたのだろう。それにしても本当に良く寝ていたなぁ」
「ははは……二日? 二日ってことは……」
慎吾が体を起こそうとした。
「痛てっ……」
自分の腕に刺さる点滴の針にやっと気づいたようだ。
「動いちゃダメよ。慎吾くんは安静にしてなきゃ。ね? 先生?」
医者がくつくつと笑いながら頷いた。
「私が見ていてあげるから、安心して休みなさい。起きたらごはん食べようね」
諦めた慎吾がぼそりと言った。
「やっぱり洋子ちゃんはお母さんみたいだ」




