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「旨い! おかわりありますよね?」

 カレーをかき込むように食べる慎吾に、賢治が呆れたような声を出した。

「お前なぁ……まあ、何杯でも食えば良いが、食い過ぎて休むなよ?」

「そこは大丈夫です。俺は食いだめと寝だめが特技なので」

「なんだよ、それ」

 和音の横で小さなスプーンを動かしながら、洋子が不思議そうな顔をした。

「食いだめってなあに?」

 慎吾が何でもないように答える。

「すごくたくさん食べるとね、次の日は食べなくても大丈夫ってことさ」

「え? 慎吾くんは明日何も食べないの?」

 慎吾が首をひねった。

「あれば食うけれど、なければ食わないな」

 洋子が目を丸くしている。

「変なこと教えないでよ。洋子ちゃんは慎吾君とは違って繊細なんだからね」

 美弥子が唇を尖らせた。

 賢治は抱いていた純一をベビーベッドに戻しながら、ニヤついた顔を隠しきれずにいる。

「俺だって実は繊細なんですよ? 腐ったものを食えば腹も壊すし」

 洋子が思い切り顔を顰めた。

「慎吾くん!」

「あ……ごめんなさい」

 美弥子と和音が小さく噴き出す。

 洋子は相変わらず眉間に皺を寄せていた。

「ごめんね? 洋子ちゃん」

「慎吾くんはデリカシーがなさすぎるわ。そんなことじゃ女の子にモテないよ」

「ははは……洋子ちゃん、難しい言葉を知っているんだねぇ」

 途端に洋子の機嫌が直った。

「うん。ママに習ったの」

 賢治が美弥子の顔を見た。

「美弥子こそ、洋子ちゃんに何を教えてるんだよ」

「ん? 恋愛の極意?」

「お前なぁ……」

 食卓を笑いが包む。

 和音には、賢治と美弥子と純一のトライアングルが、金色の糸で繋がっているように見えた。

 自分の意志で断ち切った糸はまだ漂い続けたままだ。

 この子に背負わせた十字架の重たさに、和音はグッと唇をかみしめた。

「ねえ、賢治くん。純一って名前は誰がつけたの?」

 その圧から逃れるように和音が声を出す。

 賢治がビールのグラスを置いた。

「ああ、俺のばあちゃんだよ。本当は俺に付けたかった名前なんだってさ」

「へぇ、じゃあ賢治は?」

「じいちゃん。宮沢賢治からとったんだって」

 慎吾が自分でよそったカレーのお代わりを持ってキッチンから戻ってきた。

「なんか文学的でいいですよね。俺なんて母親がファンだったアイドルの名前ですから」

「ああ……あの人ね」

 美弥子と和音がほぼ同時に頷いた。

「でしょ? この話をすると、ほぼ全員が今と同じリアクションだもの」

 慎吾がごはんの山にスプーンを突き刺した。

 その山の高さに圧倒された洋子が少し仰け反った。

「美弥子さんは?」

「知らないわ。聞いたこともないわね」

「でもきれいな名前ですよね。ちょっと古風で……雅やかな感じ」

 そう言った慎吾にVサインをして見せる美弥子。

「和音さんは?」

「私は父親だって聞いているわ。音楽の先生だったのよ」

「ああ、それで。わかりやすいね」

 和音が肩を竦めた。

「洋子は?」

 洋子が和音の顔を見た。

 美弥子と賢治が同時に固まる。

 慎吾はニコニコしながらカレーをせっせと口に運んでいた。

「洋子はね……」

 和音の目が泳いだ。

「洋子の名前はね、すごく有名な男の人が最後に愛した人の名前と同じなの」

「有名な人?」

「うん。ジョン・レノンっていう人よ」

「へぇ……なんでその人の好きな人の名前にしたの?」

「それは……」

 和音が言い淀んだ瞬間、慎吾が大きな声を出した。

「あっ! こぼしちゃった」

 慎吾の白いTシャツに、ターメリックの黄色いシミが付いている。

「だめじゃん、慎吾くん。カレーのシミは落ちにくいんだよ」

 そう言いながら洋子がティッシュボックスを持って行く。

「洋子ちゃん……お母さんみたいだ」

 そう言った慎吾の顔を見ながら洋子が言った。

「洋子はお母さんじゃなくてお姉さんだもん」

 食卓に平和な空気が戻ってきた。

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