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「おばあちゃん! ただいまぁ」
学園を出た冬也は、自分でも理由がわからないまま実家に戻っていた。
「あら、洋子ちゃん。どうしたの? パパと一緒?」
「うん。今日は参観日だったの。洋子がグループリーダーで発表したんだよ」
「まあ! それは頑張ったねぇ。さあ、早く上がりなさい」
母親が洋子を迎え入れているのをぼんやりと見ている冬也に、父親が声を掛けた。
「どうした。上がれよ」
「うん……父さん、話があるんだ」
「ああ。では書斎に来なさい。洋子はお母さんが相手をするさ」
冬也はヨロヨロと父親を追った。
カチリとドアを閉めて父親が声を出す。
「どうした? 顔色が悪いな」
「今日……和音の……俺の娘が……」
父親は何も言わず息子の顔を見ている。
「俺をおじさんって……おじさんって呼んだんだ」
「そうか」
冬也が何かに背を押されたように捲し立てた。
「俺の知らない男をパパって呼んで、俺をおじさんって言ったんだよ! 酷くないか? 酷すぎるよな? どういうことだよ。和音が再婚したのなら仕方がないさ。でも……俺はずっとあの子の父親だって……そう思って……」
「そう思って養育費を払ってきたと言いたいのか?」
冬也が息を飲んだ。
「違うだろう? それ以外に償う方法が無いから払っているんだ。お前を父親だと思わせるためじゃないし、和音さんとその娘さんにお前を認識させるためでもない。はき違えるなよ?」
「でも……」
父親がサイドボードからグラスを二つ出した。
濃い琥珀色の液体が注がれ、グラスの浮彫模様を染めていく。
「今日は泊まっていけ。小夜子さんには私から連絡しておく」
「うん」
「なあ冬也。おまえは何がしたかったんだ?」
「え?」
「なぜお前が傷つく? まあ、実の娘におじさん呼ばわりされたのは辛かっただろう。しかし、それはお前が選んだことだろう?」
「選んだ……俺は……俺は別れたくなんてなかったよ。和音がどうしてもって……だから……」
父親がグラスを手に持った。
「裏切ったのはお前で、それを許せなかったのが和音さんだ。それ以上でも以下でもない」
「……」
父親が続ける。
「一番の犠牲は誰が負った? お前じゃないな。それは間違いない。お前がいくら傷ついた顔をしても、その何倍もの辛さを背負わされた人がいる」
「和音……」
「和音さんだけじゃないだろう? 洋子ちゃんもそうだ」
「洋子?」
グラスの液体を一口含み、父親が冬也をまっすぐに見た。
「実の娘におじさんと呼ばれ、自分の子ではない娘にパパと呼ばれる。実の娘は一目見るのも精一杯だが、自分の子ではない娘を毎日育てている。それが今のお前だよ」
「父さん……知って……」
「ああ、俺だけじゃない。母さんも夏彦も佳代さんも知っているよ。でも、誰か一人でも態度を変えたか? 変えてなんかいないだろう? 家族として生きるとお前が決めたんだ。それが全てじゃないか」
「俺が決めた?」
父親が再びグラスを傾けた。
「飲めよ」
「……」
「酒は何の解決にもならんがな」
「父さん……」
父親が立ち上がった。
「今日は寿司でもとろうか。ああ、そうだ。夏彦たちも呼んでやろう」
「俺は……」
ドアを開けた父親が振り返る。
「お前はもう少しここで休め」
ドアが閉まる音が途轍もなく遠く聞こえる。
冬也は頭を抱えて、ソファーで体を丸めた。




