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新学期が始まり、一つの変化があった。
洋子は和音の送迎を止め、スクールバスを利用することになったのだ。
冬也が洋子の存在を認識したかもしれないという賢治の提案だったのだが、同じ懸念を抱いていた和音にとってはありがたいものだった。
「費用はどれくらいなの?」
しかし当然費用は掛かる。
まだパート勤務という形をとっている和音にとっては死活問題だ。
「もちろん調べたよ。駅前出発で月に一万五千円だって。でも、校舎前まで入ってくれるから安心だろう? 駅までは和音ちゃんが送ることにはなるけれど」
「それは大丈夫。車を使わなくていいなら、電車通勤したいし。でも一万五千円かぁ……」
「うん、確かに出費は嵩むよね。でもさ、送迎がなくなればフルタイム勤務にできるだろう? もちろん正社員雇用になるから、給料も大幅にアップするし、ボーナスも福利厚生もつくぜ?」
「あ……」
「残業になる時は美弥子が預かるし、なんならここに連れてくればいい。俺が家庭教師しちゃうから」
「それは申し訳なさすぎるよ」
「そう言うなよ。俺は洋子ちゃんのパパだもん。やらせてほしいんだ」
「うん……ありがとう。ホントありがとうね」
洋子に話すと喜んでいる。
「みほちゃんもかずちゃんもスクールバスなんだよ。洋子も一緒でうれしいな」
洋子が良いなら問題ないとばかりに、和音はすぐに申請書を提出した。
一方、なんとか和音と洋子を一目見ようと、冬也は娘を送る役を買って出ている。
しかし、一度も遭遇できないまま、夏が来て秋になろうとしていた。
そして冬也が待ちかねた日がやってきた。
「忙しいなら無理しなくて良いのよ?」
「いや、年に一度しかないチャンスだ。絶対に行くよ」
「チャンス?」
「ああ、洋子が頑張っている姿を見れるチャンスだろう?」
小夜子は小さくため息を吐いた。
洋子が自分の子ではなかったことが発覚しても、冬也の洋子に対する態度は変わらなかった。
それどころか、山本の義両親も義兄夫婦も相変わらずなのだ。
ありがたいとは思いつつも、小夜子にとってはかえって不気味だった。
「やっぱり私も行こうかな」
「お前はいいよ。三者面談とか役員会とかで行く機会があるだろう?」
「でも……」
困惑する小夜子をスルーして、冬也は洋子を呼んだ。
「洋子、出るよ。準備はできたか?」
「はぁい」
洋子が自室から大きな荷物を持って出てきた。
「すごい荷物だな」
それを持ってやりながら冬也が言う。
「うん、今日はグループ発表があるからね。洋子はグループリーダーなんだもん」
「洋子がリーダー?」
「そうだよ。水族館に遠足に行った時の発表だよ。洋子は行くの二回目だって言ったら、リーダーになったの」
「へぇ。遠足ってあの水族館だったのか」
ということは、実の娘である洋子も行ったということだ。
自分が見たシャチのショーを洋子も見たのだと思うと心に灯りが灯ったような気がする。
「いつもの四人のグループなの?」
「うん。そうだよ」
仲良しグループでの発表となると、二人の洋子が黒板の前に並ぶはずだ。
慈しみ育てた血のつながりのない娘と、一度しか見たことがない実の娘。
冬也は胸を抑えた。
「どうしたの? パパ」
「いや……大丈夫だ。早く行こう」
不安そうな小夜子に手を振って、洋子が冬也の手を取った。
「いってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
ドアがガチャリと閉まる。
小夜子は言いしれない不安を持て余し、静かに溜息を吐いた。
あれから小夜子は、洋子の実の父であろう男に、なんとか連絡をとろうとしたが退職した後のことはわからない。
北海道に戻ったらしいことまでは追えたのだが、その先はさっぱりだった。
「北海道か……おいそれと行ける場所じゃないもの」
たとえ行ったとしてもどこを探せばいいのかさえ見当もつかない。
「いい加減な男だったものね」
そういえば貸した金をまだ返してもらっていないと思ったがどうしようもない。
「あの人も家庭持ちだったし」
その男と小夜子が懇ろになった頃、男は独身だと言っていた。
「バカみたい……」
週に一度の逢瀬は楽しかった。
金にはだらしがないが、セックスだけは丁寧な男で、小夜子は火曜日が楽しみになっていた。
男ができたからといって、生活が楽になるわけでもなく、コンビニバイトをしていたある日。
「あの時、冬也に会わなかったらぜんぜん違う暮らしをしていたのかもね」
その暮らしが、今より豊かかどうかはわからない。
いや、間違いなく金には困っていただろう。
「金か……そうよね。辛くてもお金だけは困らないもの」
山本の実家に行っても針のむしろに座っているようなものだが、一人で働いて洋子を白薔薇学園に通わせるのは不可能だ。
「そうよ。冬也は私を選んだのだもの」
しかし、冬也はあれ以来手を伸ばそうともしてこない。
大きなベッドの端と端に眠るようになってどれほどの夜が過ぎただろうか。
「このままで良いのかな……」
冬也が洋子を手放すとは考えにくいが、実の娘との関係が変わればどうなるかわからない。
「いっそ私だけ出る?」
前妻と再婚し、一緒に洋子を育ててもらえばどうだろうか。
少なくとも、自分の心は救われるのではないだろうか。
「あ……」
山本冬也と山本和音が再婚すると、山本洋子という子供が二人になるということだ。
まるで自分の二の舞だと小夜子は思った。
「もっと悪いわね。養子縁組しなくても名前は同じなんだもの」
これが前妻の復讐なのかもしれないと小夜子は思った。
「恐ろしい女……」
小夜子は洗濯機に三人分のパジャマを放り込んだ。




