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その頃、目黒の山本邸では老夫婦がソファーに座り頭を抱えていた。
「なぜ調べたんだ。知らなければそれで済んでいたじゃないか」
夫の声に妻が小さな声で答えた。
「だって……あまりにも似てないから。それに、小夜子さんもあんな人でしょう? 信用できなかったのよ」
「洋子ちゃんは?」
「寝たわ。初めての参観日で疲れたのでしょうね」
「でもどうやって手に入れた? 子供のはなんとかなるにしても」
「佳代さんに相談したの。そうしたら聡志が適任だろうって……」
「聡志? まだ中学生になったばかりじゃないか」
「でもちゃんと持ってきてくれたわよ」
夫が溜息を吐いた。
「水族館の日か」
「ええ、大きくなったとしてもまだ中学生だし、深い意味は分からないと思うわ。説明は佳代さんがしてくれたし」
「調べてどうするつもりだった?」
隠せなくなった目尻の皺を深くして妻が答えた。
「どうって……どうもしないわよ。ただ知りたかっただけ。このままモヤモヤしているのは嫌だったの」
「それで? どうだった」
妻が茶封筒を夫の前に出した。
「見る気にもなれん。結論だけ教えてくれ」
「冬也の子じゃないわ」
「……そうか」
「あなたも薄々気づいていたのでしょう?」
「ああ。夏彦もな」
「夏彦も? あの子は何も……」
「あいつにも考えがあるのだろう」
「男の人はみんな勝手ね」
夫が顔を上げた。
「今更どうもできんだろう」
妻がたたみかける。
「洋子ちゃんは良いの。洋子ちゃんはもう私たちの孫だわ。でも、小夜子さんは……」
「小夜子さんは洋子の母親だ」
「あなた……」
「そこは変わらん。あとは冬也が決めることだ」
「そうね」
夫が妻に封筒を返しながら言った。
「冬也は知っていると思うぞ」
「え?」
「それがあいつなりのけじめなのだろう。和音さんには申し訳ないが、もう全て終わったことなんだよ」
「和音さんにはできる限りのことをしてあげたいわね」
「そうだな」
庭木が風に揺れる音がした。
そして数か月。
白薔薇学園の運動会に参加した冬也は、きょろきょろと保護者席にばかり目を向けていた。
その横に座る小夜子は、そんな夫の様子を気に掛けながらも、走る洋子の姿を残そうとビデオカメラを回し続けている。
「パパ!」
午前中の競技を終えた洋子が冬也に駆け寄った。
「ああ、頑張ったな」
「うん。お弁当は?」
小夜子がゴソゴソと保冷バッグを開ける。
「洋子の好きなサンドイッチよ」
「やったぁ」
濡れタオルで手を拭いてもらいながら、洋子が冬也を見上げた。
「パパ? どうしたの?」
「あ……いや、洋子のお友達は何を食べているのかなって思って」
「お友達? みほちゃん? それともようちゃんかな。かずちゃんは今日はお休みよ」
冬也の喉がごくりと鳴った。
「みほちゃんってどの子?」
「みほちゃんは……あっ! あそこにいる」
洋子が指を指した先には、いかにもデパートで買ってきましたというような、豪華な折を広げている親子がいた。
「ふぅん。じゃあようちゃんは?」
冬也の声に小夜子の肩が大きく揺れた。
持っていた箸を握り締め、唇を強く引き結んでいる。
「ようちゃんは……あれ? どこかな」
洋子が立ち上がってきょろきょろと周りを見回した。
「いないねぇ。どうしちゃったのかな」
ほんの一瞬見ただけの娘の顔を必死で探す冬也と、それを冷めた目で見ている小夜子。
周りの家族たちは、それぞれが楽しむことで忙しいようだ。
「洋子ちゃん、早く食べちゃいなさい。ハムにする? それともタマゴがいいかな?」
小夜子が冬也の未練を断ち切るように言った。
「タマゴがいい」
探すのをやめた洋子を怒るわけにもいかず、冬也はゆっくりと顔を下げた。
あと数か月で洋子は二年生になる。
また参観日があるはずだ。
あの参観日以来、一度も目にできなかった娘の姿を見ることができるかもしれない。
そう考えただけで、心の中に漂い続けている灰色の霧が薄まるように感じる冬也だった。




