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「あら、おかえりなさい。遅かったわね」
冬也は何も言わず、上着をソファーに放り投げた。
「洋子は?」
「実家に預けてきた」
「え?」
「今日はいない方がいい」
「あの子……何かやっちゃったの?」
「いや、洋子はよく頑張っていたさ」
小夜子の目が泳いだ。
「あの……ごはんは?」
冬也がネクタイを引き千切るように投げ捨てた。
「ここに座れ」
「え……」
小夜子が恐々としながらソファーに腰を降ろした。
正面にどっかりと座った冬也が、小夜子を睨みつけた。
小夜子はエプロンの裾を握り締めながら、おろおろと冬也を見ている。
「なぜ言わなかった?」
「え? 何を?」
「俺の娘が……実の娘が同じクラスにいることをだよ!」
「……実の……娘?」
冬也が大きなため息を吐いた。
「お前……確信犯か?」
「何を言っているの?」
「もうしらばっくれなくていいよ。俺は知っているのだから。知っていても……それでも俺は……」
「あなた……いったい何の話?」
冬也が両手で顔を覆いながら、叫ぶように言った。
「今更だ。今更洋子の父親が誰かなんてどうでもいい。洋子は……俺の子だと……ちゃんと育てていこうって……でもな、自分の血を継いだ娘を初めて見た衝撃がお前にわかるか? 生まれてから一度も会えなかった娘が! 山本の血が流れている俺の娘が……俺の目の前で……」
「え……どういうこと?」
「まだ誤魔化すのか!」
「ちょっと待ってよ! ぜんぜん意味が解らないわ」
小夜子が悲鳴のような声を出した。
「洋子と同じクラスにいただろう? 同姓同名の子が。なんとも思わなかったのか?」
「あ……でも、山本なんて苗字は珍しくもないし、洋子っていう名前も普通にいるじゃない」
「顔は? その子の顔を見て何も感じなかった?」
「顔? え……どんな顔?」
冬也が大きく息を吐いた。
「だからお前はバカだって言うんだよ。あの子は母さんにそっくりだった。きっと子供の頃はあんな顔だったのだろうって思えるほどにな!」
小夜子の顔が歪んだ。
入学式の時、確かに同姓同名の子がいた。
顔は? 顔は見ただろうか。
「顔は知らないわよ……まさかそんな……」
冬也が拳を握り締めながら言う。
「俺の血を継いでいない娘が俺に抱きついていた時、あの子は……あの子は他の男に抱きついていたんだ。お互いに血のつながりがない娘を……俺もあの男も……」
小夜子の喉が変な音を出した。
「血の……繋がり?」
「はぁ? もういい加減に白状しろよ。洋子と俺に血縁はないだろう? お前はわかっていて俺を嵌めたのだろう?」
「そんな……違う……洋子はあなたの……あなたの娘よ!」
冬也が膝の上で拳を握りしめた。
「そうだよ。俺の娘だよ。おむつも替えたし、離乳食も作った。夜泣きをすれば抱き上げたし、夜間病院にも走ったさ。洋子は……俺の……」
冬也の拳に涙がポトポトと落ちた。
小夜子はそれを見ながら、どんどん冷静になっていく自分に戸惑った。
「そうよ。洋子は間違いなくあなたの娘よ。血のつながり? 無いわけがないじゃないの」
冬也がガタリと音をたてて立ち上がった。
鞄のサイドポケットから茶封筒を引っ張り出す。
もう何度もそうしたのだろう。
茶封筒の角は傷んで破れていた。
「調べたんだ」
「……」
小夜子は投げて寄こされた茶封筒を手に取らなかった。
「そんなはずは……」
冬也が掠れた声で言った。
「もう全部今更だ。認知もしてお前とも結婚して……俺がこの事実を知ったのは洋子が六歳の時だ。まだ認知の無効を申請できたんだ。でもな、俺は出さなかったよ。洋子は……洋子はもう俺の娘だった」
冬也が拳でテーブルをドンと叩いた。
「でもな、実の娘がいるってことを忘れたことなどないよ。いつかは会いたいとずっと思ってきたんだ。それがどうだ? 何の心の準備もなくさぁ。しかも洋子と友達だって言うじゃないか。どんな罰だよ……何がミッションスクールだ。神なんて……どこにいるって言うんだ」
さめざめと泣く冬也を見ながら、小夜子の思考は忙しなく動いた。




