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「ただいま」

 扉を開けた途端、複数の足音が迫ってきた。

「おかえりなさい! 昌浩君、久しぶり」

「あ……美弥子さん。それに賢治さんも?」

「うん、理由は想像通りだ。やあ、洋子ちゃん。おかえりなさい」

「ただいまぁ」

 洋子が賢治に向かって両手を上げた。

 鞄ごと洋子の体をすくい上げた賢治が、その小さな体をギュッと抱きしめる。

「どうしたの? 賢治君」

「会いたかっただけさ。それとね、買ってきたよ。あれ」

「あれ?」

 洋子が小首を傾げて指先を頬に当てた。

「うん、あれだ。洋子ちゃんが大好きな、甘くてちょっと酸っぱくて」

「ふわふわしてるけれど、中はしっとりしてるわね」

 美弥子が割り込んで洋子の頭を撫でた。

「あっ! チーズケーキ!」

「大当たり!」

 抱かれたまま万歳をした洋子の肘が、賢治の鼻を掠めたが、賢治はそれさえもうれしいとばかりに、大きく微笑んだ。

「さあ、お着替えをして手を洗っておいで」

「はぁい」

 パタパタと洋子が廊下を走る。

 残された大人たち三人は、同じような顔をしてそれを見送った。

「癒されるな」

「うん、癒されるわ」

 昌浩がそう言いながら頷きあっている斉藤夫婦に言う。

「なかなか見ものでしたよ」

 美弥子が昌浩の肩を掴んだ。

「今日は泊まるのでしょう?」

「え……ええ。まあ」

 ニヤッと口角を上げて頷く美弥子。

「洋子ちゃんが寝てからだな、待ち遠しいよ」

「あ……はい」

 美弥子が開けたリビングへの扉から、醬油の甘じょっぱい香りが流れ出てきた。

「懐かしい匂いだ」

「昌浩君の好物なんだって? さっきちょっとつまみ食いしたけど、マジで旨かった」

「あっ! ダメじゃん。姉ちゃん怒るとホントに怖いですよ」

「大丈夫。バレてないから」

「ははは」

 寿司桶も持ってきたぞと言う賢治の後ろで、昌浩はようやくネクタイを緩めた。


「しかし、本当に旨いな。和音さんの豚の角煮は」

「あら、お褒めいただき恐縮ですわ」

 ビールグラスを傾けた美弥子の頬は、すでに真っ赤だ。

「美弥子さん、強いんだねぇ」

 そういう昌浩の頬も、うっすらと赤らんでいた。

「うん。美弥子は酒も強いし喧嘩も強い。俺なんて百戦百敗だもの」

 賢治が備前焼の徳利を摘み上げながら肩を竦めて見せた。

「それは賢治君が優しいからでしょう? 美弥子にべた惚れだもんね」

 和音が揶揄うように言う。

 昌浩と賢治が同時に笑った。

「完全服従こそ円満の秘訣さ」

 美弥子は当然だとばかりに、大トロを摘まみ上げた。

「ちゃんとできたよ」

 濡れたままの髪で洋子がリビングに戻ってきた。

「すごいわね、洋子ちゃん。話には聞いていたけれど、本当に一人でお風呂に入れるんだ」

「うん、もうずっと前からだよ。だって洋子は一年生だもん」

「ずっと?」

 和音の声に、洋子がニヤッと笑って目を逸らした。

 賢治が洋子からタオルを取り上げて、その細く長い髪を包んでやる。

「洋子ちゃん、あまり急いで大きくならないでくれよ。まだまだ子供のままでいい」

 賢治の言葉に、昌浩が何度も頷いている。

 和音と美弥子が顔を見合わせて、弾けるような笑い声をあげた。

「さあ、洋子。先に髪を乾かしちゃいましょうね。お楽しみがあるのでしょう?」

「うん! ルルナのチーズケーキ!」

 和音が賢治の顔を見た。

「目黒まで行ってくれたの? 申し訳ないわ」

「仕事のついでだよ」

「ありがとうね、二人とも」

 昌浩が豚の角煮を自分の皿に取り分けながら声を出す。

「そこは俺も入れてよ」

 笑う大人たちに囲まれながらも、洋子はチーズケーキに夢中だった。

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