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「あっ! 昌浩くん」
「やあ、洋子ちゃん。久しぶりだね。どう? 学校は」
「うん、すごく楽しいよ」
「そりゃ良かった。お友達は? もう仲良しさんはできたの?」
「うん。かずちゃんとみほちゃんとようこちゃん。あっ、ようこちゃんってね、私と同じお名前なのよ? 面白いでしょう?」
「同じ……ああ、そうか。その子とも仲良しなんだ」
「うん。わたしがようちゃんって呼ばれていて、その子がようこちゃんなの」
「へぇ、どうやって決めたの?」
「くじ引きよ。呼ばれたときに同じ名前だと困るでしょう? だから、先生がくじを作ってくれてね、それで決めたの」
「なるほどね。そのようこちゃんはどんな子?」
洋子が首を傾げた。
「うぅん……面白い子?」
「そうか。仲良しさんができて良かったね」
「うん!」
讃美歌の一節を模したチャイムが響く。
「あっ、もう始まるよ。昌浩くん、一緒に行こう」
洋子が昌浩の手を引いた。
その嬉しそうな顔を見て、昌浩は小さなため息をつく。
大人の事情を子供に押し付けるなんて間違っているとは思うが、それにしてもなんという皮肉だろうか。
「姉ちゃんって怒るとマジで怖かったもんなぁ」
着慣れないワイシャツの袖に小さな指が掛かっている。
その力強さと儚さに、昌浩の胸に言いようもない切なさがこみ上げた。
「みなさん、着席しましたか? 今日は初めての参観日ですね。ちょっと緊張しているかな?」
中年女性教諭の声が教室の後ろに並んだ保護者達の笑いを誘った。
「はぁい」
小さな背中が並んでいる。
髪型は違えど、昌浩の目からはどの子も同じように見えた。
教諭の言葉で、まだ細い指が教科書を開いていく。
昌浩はそれとなく保護者の様子を観察した。
出席比率としては圧倒的に女性が多いが、ダークスーツを着込んだ男性の姿もちらほら見える。
「あ……あいつだ」
昌浩は昨夜のうちに和音の結婚写真を引っ張り出して、冬也の顔を確認していた。
「老けたな。ははは」
離婚してすぐに再婚したというのだから、その女に相当入れ込んでいたのだろう。
「どうせなら相手の女の顔も拝んでみたかったな」
夫婦で参加している保護者もいるようだが、山本冬也は一人のようだ。
狭いスペースに詰め込まれているため、そう簡単には身動きができない。
「近くじゃなくて良かったよ。ここで殴りでもしたら大事だ」
姉の和音には何も言っていないが、昌浩としてははらわたが煮えるほどの怒りを覚えていた。
「ははは、一丁前に手なんて挙げるんだな、洋子も」
当ててくれと言わんばかりに、腕を何度も上下させているのが微笑ましい。
ふと横目で見ると、冬也も緩んだ表情を浮かべていた。
「では……山本さん。ようこちゃんの方ね」
教諭がにこやかな顔を子供たちに向けた。
「ああ、なるほどね。そりゃ同姓同名がいたら困るよな」
事情を理解した昌浩が、冬也に視線を向けたが特に変化はない。
「あいつ……知らないのか」
我が子が活躍する姿に微笑んでいる、至って普通の父親の顔だ。
「そうね。正解です。次の問題は……じゃあ今度はようちゃんにしようか。山本洋子さん、答えてください」
「はいっ!」
大きな声で洋子が返事をし、跳ねるように黒板の前に行った。
昌浩は視線の端で冬也を伺う。
冬也は眉を少し寄せただけで、大きな反応はしていなかった。
教諭が白いチョークを洋子に渡しながら聞く。
「書けるかな?」
「はい」
少しだけ踵を浮かしてカリカリと回答を書く洋子。
なぜ自分が緊張しているのかと、昌浩は可笑しくなった。
「よくできました。正解です。戻って良いですよ」
「はぁい」
満面の笑みを浮かべて洋子が振り返った。
昌浩は反射的に冬也の顔を見る。
「え……母さん……」
冬也の口がそう動いたのを、昌浩は確かに見た。




