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 和音がオフィスの窓から外を眺めていると、ポンと肩を叩かれた。

「気もそぞろって感じかな?」

 美弥子の夫であり、和音の雇い主でもある斉藤賢治だった。

「あ……ごめんなさい。ちょっと考え事をしちゃってて」

 和音の横の椅子に賢治が座った。

「今日なのでしょう? チラ見せの日」

 和音がプッと噴き出した。

「そう、今日が初の参観日」

「来るの?」

「ええ、そうみたい。今朝送った時見かけたもの」

「え? 会っちゃったの?」

 和音が慌てて首を振る。

「娘さんを送って来てたわ。あの人は降りなかったから直接見たわけじゃないのよ」

「ああ、だったらよかった。目が腐っちゃ大変だもの」

「ははは! 言うわねぇ」

「だって俺は相当怒っているからね。もしかしたら和音ちゃんよりも怒っているかもしれない」

 真顔でそう言った賢治に、驚いた顔を向ける和音。

「だって、俺も相当なとばっちりを受けたんだぜ? 美弥子が大変だったんだから」

「そうなの?」

「うん、もう習慣化しちゃったけれど、俺ってGPS付けられてる」

「え?」

「うちの奥様はヤキモチ焼きなんだよ。モテる男は辛いだろう?」

 和音が声を上げて笑った。

 数人残っていたスタッフが、何事かと顔を向けてくる。

 それに肩を竦めて見せた賢治がスッと立ち上がった。

「昼飯に行こうよ。美弥子が来ているんだ」

 和音は頷いてパソコンを閉じた。


「見たいわね……私も行けばよかったわ」

「美弥子が?」

「だって、見ものじゃない。同姓同名ってのは知っているにしても、まさか同じ学校の同じ組なんて思いもしないでしょう?」

「そうよね」

 コーヒーカップを置きながら、賢治が言葉を挟む。

「俺も見たかったな。なんで俺を指名しなかったんだよ、和音ちゃん」

「え?」

「俺の方が父親らしく振る舞えるぜ? それに面も割れてない」

「ははは……」

 最後のサンドイッチをつまみながら美弥子が言った。

「来年は夫婦で参加するわ」

「何を言ってるのよ。暇なの?」

「暇じゃないけれど、そういうことならいくらでも時間を作るわよ。ねえ? 賢治」

「ああ、完璧に演じ切ってみせるさ」

 ついさっきまで暗く沈んでいた気持ちが軽くなっていく。

「わかった。じゃあ来年はよろしくね」

 サムズアップして見せた美弥子が思い出したように言った。

「昌浩君の顔は知らないの?」

「もちろん何度かは会っているけれど、覚えていないんじゃないかしら。昌浩は忘れたって」

「ああ、そりゃそうか。ねえ、和音は相手の女の顔は知っているの?」

「うん、知っているよ」

「あっちは和音を?」

「多分知らないと思うわ」

「そうかぁ。写真とかも全部処分したんだものね」

「うん、全部燃やしたもの」

「……あなたはどうなの?」

「え?」

「後悔してない?」

 和音が持っていたコーヒーカップをギュッと握った。

「名前のことは……少し後悔してる」

「そうかぁ。でもそれが一番今更じゃない。良い名前だと思うよ?」

 美弥子が慰めるように言った横で、賢治がニヤッと笑った。

「うん、良い名前だよ。でもいきなり渡米して、自由に生きちゃいそうだけど」

 三人が声を揃えて笑った。

「ありがとう。なんだか元気が出てきたよ」

 美弥子がコーヒーを飲み干した。

「あのね、和音。一度言おうと思っていたのだけれど、たぶんあいつは浮気相手の子供だから、洋子ってつけたんじゃないと思う。あなたの産んだ子が先だったとしても、同じ名前をつけてたんじゃないかな」

「え?」

 美弥子は深く頷いて言葉を続けた。

「私ってあなた達が付き合っていた頃から知ってるじゃない? 嫌だけど、あいつの思考回路がちょっと読めちゃうんだよね」

「ああ、そういえばそうかも。旅に出るなんて言い出した時も、美弥子はただのパフォーマンスだって言い切っていたものね」

 美弥子がまた頷いた。

「多分だけど、あっちに子供ができたって聞いた時は、何も考えていなかったと思う。あなたが妊娠したって知って初めて、子供の名前を考え始めたんじゃないかな。でもあちらが先だったでしょう? 咄嗟に出たのが……」

「洋子?」

「うん。でもあいつの頭に浮かんだのは、漢字じゃなくてカタカナのヨーコだね」

 美弥子がニヤッと笑った。

「え?」

 賢治が笑いを嚙み殺しながら言う。

「じゃあ男だったらジョンってか? 山本ジョン……まあ、今っぽいか」

 和音が目を丸くした。

「良かったわ。女の子で」

「だから、あなたはあの名前を盗用したんじゃないわ。もともと自分のものだったのを取り返しただけ」

「……美弥子」

「それに、あっちは托卵でしょう?」

「そうだと決まったわけじゃないわ」

「いやいや、因果は巡るなんとやらよ。もしかしたら、もう気づいていたりして?」

 肩を竦めて見せる美弥子に、和音は曖昧に微笑んだ。

 賢治が伝票をつまんで美弥子の頭をスッと撫でた。

「和音ちゃん、急ぎの仕事ある?」

「今日は……特にないかな。来週のプレゼンのパースを描いているところだから」

「だったら、頼まれてくれないか?」

「なあに?」

「俺の愛妻のお守り。今日は直帰でいいよ」

 美弥子がニコッと笑った。

「さすがだわ。賢治」

 和音はこんな夫婦になりたかったなとぼんやりと思った。

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