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「久しぶりだな、姉さん」
「ごめんね、なかなか連絡できなくて」
「そんなこと良いよ。叔母さんも心配していたけれど、少しは落ちついた?」
数ヵ月ぶりに聞く弟の声だ。
「叔母さんの腰はどう?」
「ああ、あれね」
互いの近況を報告し合う二人は、互いしか頼る者がなかった幼い頃のようだった。
「どうしたのさ、姉さん。あまり元気がなさそうだけれど」
「うん……ちょっと昌浩にお願いがあってね」
和音は参観日に出て欲しいと頼んだ。
「ああ、もしかして父親参観ってやつ? まだあんなナンセンスなことやってるの? 最近はシンママもシンパパも多いのだから、いい加減時代に合わせればいいのにな」
「ははは。まあ、もちろん強制じゃないのよ。できればって感じかな」
昌浩が一瞬黙る。
「もしかして、洋子ちゃんが片親だからっていじめられたりしてるの?」
和音は勢いよく否定した。
「そんなことないわ。お友達もできて楽しく通っているわよ」
「ふぅん……それなら良いけどさ。ねえ、姉さん。どうしたのさ」
「叔母さんには言わないで。心配かけちゃうから」
「ああ、わかった。下でテレビ観てるから大丈夫だよ」
和音は洋子の名前の由来から話し始めた。
そして、同じ小学校に入学させたところまで話し終えた時、昌浩が初めて低い声を出した。
「何やってんだよ。どうしてそこまで意地になったんだ。らしくねぇなぁ」
「うん……でもね、どうしても同じようにしてやりたいって思ったのよ。同じ父親なのよ? 同じようにしてやらなくちゃ可哀想じゃないの」
数秒黙った後、昌浩がぼそりと言う。
「それにしてもさぁ、まあ学校はいいよ。有名な名門校だものな。行かせてやりたいって気持ちは分らなくもない。それにしても、同じ名前って……」
「うん。それはちょっと後悔してる。悔し過ぎてまともじゃなかったのだと思うわ」
昌浩が吐いたため息が、受話器を通して和音の耳の届いた。
「まあ、可愛い名前だし。ありふれているから偶然って言えば言えるけれど、それにしても同じクラス? 学校も考えりゃ良さそうなもんだ」
「ホントよね」
「ある種の運命を感じるな」
「運命か……」
「で? なぜ参観日に? ああ、あの野郎が来るの?」
「来るかどうかはわからないわ。連絡なんてとってないもの。でも、その可能性があるなって……」
「そりゃそうだな。うん、俺はいいよ。でも、洋子ちゃんは納得?」
「昌浩君に会えるって喜んでいたわ」
「ははは……そういうことなら了解だ。でもさ、俺はあの野郎の顔なんて覚えてないぞ?」
「だから良いんじゃない。たぶんあっちも同じよ」
「なるほどね」
和音は参観日の日時を伝え電話を切った。
「お母さん、お風呂一人でできたよ」
髪を拭きながら洋子がリビングに入ってきた。
「すごいねぇ、本当に一人で入れたんだ」
「うん。ちゃんとお体も洗ったし、髪も洗ったもん」
「さすが洋子だ。お母さん、感心しちゃった」
洋子からタオルを受け取り、頭を撫でるようにわさわさと拭いてやる。
何がおかしいのか、洋子が嬉しそうな声で笑い始めた。
「みんな自分でできるんだって。みほちゃんなんて、髪も乾かせるって」
「へぇ、それはすごいね。ドライヤーって重たいのに」
「だから洋子もできるようになるんだぁ」
和音が目尻を下げた。
「もう少しお母さんにやらせてよ」
洋子が少し迷ったように小首を傾げた。
「うん、いいよ。でも、もう少しだけよ?」
二人は手を繋いで洗面所へと向かった。
「行ってきまぁす」
「うん、行ってらっしゃい。今日も楽しく頑張ろうね」
洋子が和音の顔を見て頷いた。
「昌浩くんが来るんだよね?」
「そうよ、お母さんはお仕事で行けないの。ごめんね」
「ううん、ぜんぜん大丈夫。帰りも昌浩くんと帰るんだよね?」
「そう。三人でごはん食べようか」
嬉しそうな顔をした洋子が和音に聞いた。
「昌浩くん、泊る?」
「どうかな。聞いてみたら?」
「わかった」
水色のワンピースが風でふわりと揺れた。
まだ体に馴染みきっていない背負い鞄が痛々しい。
「じゃあね。お母さんも頑張って」
「うん」
洋子を見送った和音がシートベルトを締めた時、前の駐車スペースに白いセダンが滑り込んだ。
自分の心臓が変な音をたてたような気がして、和音は思わず胸を押さえた。
もう七年も前だというのに、なぜこれほどまでに心が乱れるのだろうか。
和音は俯いたまま、視線だけを前に向けた。
「大そうお高そうなお車ですこと」
和音と結婚していた時は親から貰った外国車だったが、どうやら今は国産車のようだ。
もしかすると小夜子が運転を怖がったからかもしれないと思った瞬間、また心臓が捩じれるような感覚が襲った。
「じゃあパパ。行ってくるね。後でちゃんと来てよ」
車の窓越しに返事をしたのか、パパと呼ばれた冬也の声は聞こえなかった。
「やっぱり来るのね。そりゃそうか。ははは……」
自分の娘と同じ名前を持った子を見た時、冬也はどんな顔をするだろうか。
ましてや、その娘こそが自分の血を継いでいるのだ。
その瞬間を目撃したいという思いもあるが、それはさすがに悪趣味だろう。
「絶対に消息なんて教えてやらないわ。チラッと見せてあげるだけでも大サービスよ」
和音は先に走り去った白いセダンに向かって悪態をついた。




