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「いっそ泊まってきてくれたらいいのに」
コンビニの総菜を並べたテーブルに肘をつきながら、小夜子がポツリと呟いた。
このまま肩身の狭い思いをして暮らすぐらいなら、いっそ別れようかと何度も思った。
「ダメ。あの子は山本洋子よ。絶対に名前を変えちゃダメ」
この先何があろうと、洋子には山本姓を名乗らせるのだという強い思いが小夜子を踏みとどまらせる。
「ああ……そういえば、参観日の返事をしなくちゃ」
サイドボードの上に置いたままのプリントを摘まみ上げて、小夜子は水割りのグラスを傾けた。
「父親の参加が望ましいか……冬也どうするかしら」
冬也の言動の端々に、今まで感じたことのない棘が潜んでいる。
「まさか……」
洋子の血縁を疑っているのだろうかという考えが過り、慌てて首を振った。
「そんなこと絶対ないわ。洋子は冬也の子だもの……間違ってなんかないわよ」
たった半年ほどだが、前の男と冬也が重なった時期がある。
「あの人とはちゃんと避妊してたし。問題ないわよ」
そう口に出さないと壊れそうになるほどの恐怖が足元に忍び寄る。
「違う! 絶対に違う!」
妊娠したと告げた途端、会社も辞めて姿をくらませたあの男の行方など知るはずもない。
「別れたかったから丁度良かったし」
冬也に夢中になっていたあの頃の自分にとって、貧乏くさい前の男など邪魔なだけだった。
何度か結婚をほのめかしたが、のらりくらりと逃げ続ける男に愛想を尽かすのも仕方がない事だと自分で自分を慰める。
「たぶん既婚者だったのよね」
薄々は感づいていたが、見てみない振りをしていた自分の愚かさよりも、隠し通せていると思っている男のバカさ加減に笑いがこみ上げる。
少し調べたらわかるだろうに、なぜ妻たちはそうしなかったのだろうか。
「正妻の余裕? フンッ! それで捨てられたんじゃ身も蓋もないわね」
冬也が捨てた妻の顔を自分は知らない。
「相手は私を知っているのかしら」
和音は最後まで冬也を浮気で責めたりはしていないと聞いている。
「その余裕に腹が立つのよ」
乗り込んでくれば、受けて立つくらいの思いは持っていた。
「だって冬也は私を選んだのだもの」
和音に泣き縋って、許してくれと膝まづいた冬也を知らない小夜子は、醜く口を歪めて笑った。
油でべとつく冷めきった唐揚げを箸で突き刺し声に出す。
「負け犬はあんたの方よ。結局、女は愛されたもん勝ちなんだから」
壁のデジタル時計がカチリと鳴り、九時だと知らせた。
「そろそろかしら」
のろのろと立ち上がった小夜子は、まだ残っている総菜ごとビニール袋に詰めてゴミ箱に放り込んだ。




