24
宿題というだけあって、真剣な目でクラゲを眺めている甥の横顔をみながら、冬也はなぜか懐かしい気分になった。
「ねえ、パパ。トイレ」
「あ? ああ、ちょっと待てる?」
「うん」
後ろで兄と同じような顔をしてクラゲを睨んでいる下の甥の頭に手を置いて声を掛ける。
「ここから動くなよ。洋子をトイレに連れて行ってくるから」
「うん、わかった」
人波に流されそうになる洋子を抱き上げ、冬也はトイレを探した。
「さあ、洋子。ひとりで行けるな?」
「うん。パパ絶対にここに居てよ?」
「ああ、このペンギンの看板が目印だ。迷うなよ」
「わかった」
大人の胸ほどもない洋子の体がスッと紛れて見えなくなる。
なぜこれほどまでに不安になるのだろうか。
冬也は自分の心音が早まるのを感じて苦笑を浮かべた。
「娘だからな……洋子は俺の大事な娘だから」
わざわざ口に出すと、ここ最近ずっと心に掛かっていた靄が少しだけ晴れたような気がした。
六年という月日は、冬也と洋子を親子にするには十分な時間だった。
「血じゃないってことか?」
だとすると、顔も知らない和音との子は家族ではないということだろうか。
「いや、あの子も俺の子だ」
共に過ごした時間だけでは埋めることができない何かがあり、血のつながりだけでは説明できない何かがあるのかもしれない。
普通の親子であれば感じることさえない欠落感が、冬也の心を揺さぶった。
「パパ!」
「ああ洋子。ちゃんとできた?」
「うん」
「手は洗ったかな?」
洋子がプッと頬を膨らませる。
「もう! パパったら。子供扱いしないでちょうだい」
「ごめんごめん」
吹き出す冬也に、洋子の頬がもう一度膨らんだ。
甥たちとも無事に合流し、まだ空いているであろうレストランへと向かった。
「お前たちならバイキングかな」
三人が一斉に歓声を上げる。
窓際の席を確保し、絶対にレストランから出ないという約束をさせて、自分はビールを注文した。
子供たちが持って来た皿にも個性が出るものだと思いながら、冬也はほんの少し寂しくなった。
「どうしたの? パパ」
「いや、みんな大きくなったって思ってね。もうすぐパパなんていらないって言われそうで悲しくなったんだ」
「言うわけないでしょう? 洋子はパパが一番好きだもの」
「洋子……うん。パパも洋子が大好きだよ」
取り合いをしながらも仲良く食べる子供たちを見ながら、小夜子との間にもう一人子供を作るのも良いかもしれないとふいに思った。
今のままでは小夜子との間に何の繋がりもないような気がする。
しかし、二人の子供がいれば四人家族としてやり直せるのではないだろうか。
「いや……何を考えているんだ、俺は」
ふと浮かんだ考えが口から溢れた。
「もしかして、あいつ……俺の子だと信じているのか?」
冬也の心臓がまた跳ねた。
周りの音が少しだけ遠のいたような気がする。
もしもそうだとするなら……。
「なあに? パパ」
「あっ……いや」
「これが欲しいの?」
洋子がたった一つ残ったフランクフルトソーセージをフォークに突き刺した。
「はい、パパ。あげる」
「いいよ、洋子が食べなさい」
「ダメ! パパが食べるの!」
ニヤニヤと笑う甥たちを横目で意識しながら、冬也は洋子のフォークを受け取った。
「おいしい?」
「うん」
「もっといる?」
「そうだな。パパはピザが良いな」
「あっ、僕も」
下の子が立ち上がった。
「洋子ちゃん、一緒に行こう」
「うん」
手を繋いでピザの列に並ぶ二人を見ながら、幸せって案外こんなものなのかもしれないと冬也は思った。
「叔父さん、何時に出るの?」
心配そうな顔で幼い二人の姿を目で追う上の甥が言った。
「五時に戻るって言っちゃったから三時には出ようか」
「わかった。僕ね、買いたいものがあるんだ」
「売店か? ここを出たらすぐに行こうか」
「うん。シャチも見たし、イルカも見たしね。後はもう良いかな」
「ははは、なんだか本当にお前って成長したよな」
甥が嫌そうな顔を向けた。
「叔父さんも老けたってことだね」
「ははは! 言うなぁ。アイロニカルなところが兄貴にそっくりだ」
「うん。お母さんにもそう言われるよ。あ、叔父さん。髪に何かついてる」
「え?」
冬也が指先を頭にやる。
「違う、そこじゃない。僕がとってあげる」
もう大人と変わらないほどに太くなった指が、冬也の頭を掠めた。
「ああ、サンキュー」
「ははは。任務完了」
真面目な顔でそう言った甥が、残っていた茹でエビを箸でつまんだ。




