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「ただいま」

「お帰りなさい、パパ」

 洋子が冬也に飛びついた。

「ああ、ただいま」

 キッチンから小夜子が顔を出す。

「早かったのね。夕食はまだできていないの」

「先に風呂に入る」

「だったら洋子も入れてくれない? ちょっと手が離せないのよ」

「わかった。おいで、洋子。パパと一緒にお風呂に入ろう」

 洋子が歓声を上げた。

 小躍りする娘のソックスの白色に、昼間の書類を思い出した。

 娘の細い髪を洗いながら、冬也は不思議な感覚に襲われた。

 目の前で裸の背を丸めているのは、いったいどちらの洋子なのだろうか。

 小夜子が産んだ娘か? それとも和音が?

「パパ、おめめが痛いよ」

「あ……ああ、ごめんね。すぐに流すから」

 冬也は慌てて洋子の顔に湯をかけた。

 やはり自分と似ているところは見つけられなかった。

 洋子が口を開く。

「ねえ、パパ。今日ね、制服が来たの」

「制服?」

「うん。水色のワンピースだった。ブラウスは白でね、靴下も白なの」

「靴下まで決まってるのか?」

 洋子が小首を傾げた。

「あとで見る?」

「ああ、見せてくれ」

 まだ拭き終わっていないというのに、洋子が裸で駆けてゆく。

 ママと叫ぶ声が脱衣所に響いた。

「ママか……和音は何と呼ばせているのだろうか」

 リビングでは絶対に呟けない言葉を飲み込んで、冬也はのろのろとパジャマを手にした。

 

「かわいい?」

 ハンガーに吊るされた真新しい制服を指差しながら、洋子が弾けるような笑顔を向けた。

「かわいい……とは違うんじゃないか?」

 ぷくっと頬を膨らませる娘の頭を撫でて、冬也は冷蔵庫を開けた。

「ビールは?」

「あるでしょう?」

「一つしかない」

「え? もう?」

「買ってきてくれよ」

「……今から? 外は寒いし、他のじゃだめなの?」

 冬也は爆発しそうなほどの怒りを覚えた。

「いいから! 買って来いよ!」

 小夜子が肩をビクッと震わせ、フライパンをコンロから降ろす。

「わかったわよ。そんなに怒鳴らなくても良いじゃない。私だって忙しいのよ」

「暇だとは言っていない。しかし、ビールが切れていることくらい確認してくれよ。買い物にだって毎日行っているのだろう?」

「……わかったわよ」

 小夜子がエプロンを外して財布を握った。

「ママ、どこに行くの?」

「一階のコンビニ」

「アイス買ってきて」

「アイスはダメよ。虫歯になっちゃう」

「おばあちゃんは食べさせてくれるよ?」

 小夜子の顔が険しく歪んだ。

「ダメなものはダメ! 我慢しなさい!」

 子供に当たるなよと冬也は思ったが、自分もおなじようなものだ。

「パパ? ママがぷんぷんだねぇ」

「アイスくらい良いのになぁ。おばあちゃんはくれるのだろう?」

「うん。後で歯磨きするお約束なの」

「それで良いのにな。ママは怒りんぼさんだな」

 洋子が冬也に抱きついた。

 髪からシャンプーの匂いがする。

 甘ったるいブーケの香りに、冬也は泣きそうになった。


「今日のハンバーグは少し辛いね」

 洋子の何気ない言葉に小夜子の顔色が変わった。

「嫌なら食べなくて良いわ」

「え?」

 いつもの味がどうなのかさえ覚えていない冬也は、二人のやり取りをなんとなく聞いていた。

 小夜子が立ち上がって洋子の皿を下げようとする。

「おい! そこまですることか?」

「だって、美味しくないのでしょう?」

 洋子が半べその顔をした。

「そこまで言ってないだろう? 少し味が濃いって言っただけじゃないか」

「どうせ私の味付けは濃いわよ。田舎者の味なのでしょう? あなたもそう思っているのでしょう?」

「小夜子……」

 小夜子の目から涙がぽろぽろと零れている。

 冬也は小夜子の手から皿を奪い、洋子の前に置いた。

「さあ、洋子。食べなさい。ママが一生懸命作ってくれたハンバーグだ。美味しいね」

「うん。おいしいよ、ママ」

 小夜子は立ったまま泣き続けている。

「お前も座って食べろよ」

 そう言う冬也は箸を持つ気にもなれず、三個目の缶ビールを取りに立った。

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