12
「ねえ、洋子ちゃん。アイスクリーム食べない?」
義母が洋子に話しかけた。
「うん、食べたい」
「選びに行こうか」
洋子が和音を見た。
頷くとにっこり笑い、義母の手を躊躇なくとる。
まさか冬也と出くわすとは思えないが、和音の心に一抹の不安がよぎった。
義父が静かな声を出す。
「あいつなら、海外出張中だ。絶対に会うことはない」
「そうですか。いろいろお気遣いいただいて……では、彼はあちらの卒園式には行かなかったのですか?」
「ああ。いろいろあってね」
和音はそれ以上踏み込まなかった。
「ただいま」
洋子が明るい声で言った。
溶け始めたジェラートが、複雑な波模様を描きながら洋子の手を濡らしている。
「まあ、大変」
義母が慌ててナプキンをとった。
「お義母さん。洋子はもう自分でできますから」
「あ……ああ、そうよね。洋子ちゃんはもう小学生になるのだものね」
義父が義母に目配せをした。
ハンドバッグから茶封筒を取り出し和音の前に置く。
これほど細い指だったろうかと思った。
義父が何でもないような声を出した。
「これが入学手続きの書類だ。それと、これは入学金として使ってくれ」
和音が深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。助かります」
「この子もあの子も、私たちの孫だよ。今後も同じようにさせてほしい」
和音が真剣な目を義父に向けた。
「間違いなくこの学校に入学するのですよね?」
「ああ、間違いない。私が保証人欄にサインした」
和音が口角を上げて頷いた。
「しかし、本当にいいのかい? 後悔するんじゃないか?」
和音がギュッと目を閉じた。
洋子は大盛りのジェラートに夢中だ。
「後悔は……するかもしれません。でも……」
義母が涙声で言った。
「この子の名前を聞いた時、私たちはもう……心臓が止まるほど驚いたわ。息子も辛そうな顔をしてね。偶然だと思おうとしたけれど……違ったのね。やっぱり恨んでいるわよね」
和音は頷いて老い疲れた二人の顔を交互に見た。
「恨んでいないと言えば噓になります。でも私は、この子に本当の父親が考えた名前を付けてやりたかったのです。まあ、一生会うことのない父親ですけれどね」
「和音さん……私は……」
「お義母さん。この子は誰に憚ることなく、真っ当な山本洋子ですから」
義父が洋子の頭を撫でた。
「美味しいかい?」
洋子が弾けるような笑顔を向ける。
「うん。おじいちゃまも食べる?」
「え?」
「はい、どうぞ」
ストロベリーとバニラが溶けあったジェラートを、洋子は躊躇いもなく義父の口元に差し出した。
「あ……ありがとう」
「おばあちゃまも食べる?」
義母は声を出せないまま、何度も何度も頷いた。




