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 それから六年が経ち、今日は和音の娘である山本洋子の卒園式だ。

 卒園生たちは、小さな椅子に並んで座り、チラチラと振り返ってはくすくすと笑い合っている。

「和音さん」

 ポンと肩を叩かれて振り返ると、冬也の父親が立っていた。

「お義父さん……お祝いをありがとうございました」

「いや、私の大切な孫だからね」

「助かりました。それに小学校のことも」

「……気は変わらないのか?」

「ええ。もう決めたことですから」

「そうか……家内が一目でも会いたいと言ってね。この後、予定が無ければ食事に行かないか?」

 和音は洋子の背中を見ながら頷いた。

「お義父さんとお義母さんだけですよね?」

「ああ、もちろんだ。君との約束は絶対に守る」

「わかりました」

 頷いて列を離れた義父を見送りながら、和音はこの六年の日々を思った。

 楽しいことばかりではなかったが、そのすべてが愛おしくて堪らない。

「洋子、頑張ったね」

 和音の横で、美弥子と賢治が号泣していた。


 同席しようかと言ってくれた美弥子に首を振って見せ、和音は洋子と共に歩き出した。

 保育士たちの手作りだろうか、赤いリボンで作った造花が洋子の胸で揺れている。

 レースで縁取られたソックスには、少しだけ泥がついていた。

「誰と食べるの? 美弥子ちゃんと賢治くん?」

「違うよ、今日はおじいちゃまとおばあちゃまに会うの」

「おじいちゃま?」

「うん。洋子は初めて会うね」

 洋子の瞳が輝いた。

「洋子にもおじいちゃまとおばあちゃまがいるの?」

「そうよ。とっても優しくて素敵な人たちよ」

「やったぁ! 洋子ね、ずっといいなって思っていたの」

「え?」

「みさちゃんはね、いつもおばあちゃまがお迎えなの」

「ああ、みさちゃん。髪を三つ編みにしている子だよね?」

 洋子が嬉しそうな顔で頷いた。

 その子の家も同じ母子家庭だ。

 違うのは祖母と同居していることくらいか。

「洋子にもおばあちゃまがいるって、明日みさちゃんに言おうっと」

「明日はもう幼稚園ないよ?」

「あ……そうか。へへへ」

 この何でもないような会話に何度救われたことだろうか。

「あそこだよ」

 待ち合わせている店が入ったビルを指さす。

「高いねぇ」

 ビルも高いが値段も高いと思いながら、和音は洋子に頷いて見せた。

「ここね」

 和音と洋子が入ったのは、カジュアルイタリアンの店だ。

 和食好きの二人なのに子供に合わせてくれたのだろう。

 和音は心の中でお礼を言った。

 ウェイターに案内されたのは奥まった個室で、扉を開ける瞬間、思いのほか緊張していることに自分自身で驚いた。

「お待たせしました」

 洋子も緊張しているのか、歩幅が極端に小さくなっている。

「さあ、洋子。おじいちゃまとおばあちゃまよ。ちゃんと言えるかな?」

 もじもじとしながらも、洋子はしっかりと声を出した。

「おじいちゃま、おばあちゃま。こんにちは。山本洋子六歳です」

「ああ……」

 義母が両手で顔を覆った。

「うん。よく来てくれたね。私が洋子ちゃんのおじいちゃんです」

「おじいちゃま? 洋子の?」

「そうだよ。さあ、抱っこさせてくれないか?」

「うん、いいよ」

 洋子が義父に両手を差し出した。

「ありがとう……ありがとうね、洋子ちゃん」

「うん」

 義父がこわごわと洋子を両手で抱いた。

 洋子はされるがままになりながらも、泣いている義母が気になって仕方がないようだ。

「ねえ、おじいちゃま」

「どうした?」

 洋子を抱く手をやっと緩めた義父の目は真っ赤だった。

「おばあちゃま、どこか痛いの? えんえんってしてる」

 義父が義母の背中を擦る。

「違うよ。洋子ちゃんに会えたのがうれしくて仕方がないのさ」

「ふぅん。そんなに嬉しいのだったら、もっと早く会えばよかったねぇ」

「うん。そうだね」

 義父から義母に洋子の体が渡された。

 細い声で泣き続ける義母の頭を、洋子が小さな手で優しく撫でた。

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