81話
隠された真実が牙を剥くように、シンは冷や汗を拭うことも忘れてさらなる過去の絶望へと引きずり込まれていく。
震える指先で古びた手記のページをめくると、そこに記されていたのは、あまりにも残酷で歪みきった歴史の結末だった。
『――一〇四五年度、人族はついにこの大陸のほとんどを占領した。エルフやドワーフと言った一部の種族はかろうじて奴隷のように支配下に置かれたが、それ以外の多くの種族は人族の手によって徹底的に抹殺され、絶滅させられた』
『そして、今のこの国はもはや王が統治しているわけではない。管理者たちが国の舵取りのすべてを握り、かつての王家ですら彼らの傀儡として従うだけの存在へと成り下がってしまった。一部の人々がこの異様な支配体制に疑問を持ち、密かに声を上げ始めたが……なぜか、彼らは数日後には忽然と姿を消してしまう。この国と人類の未来は、いったいどこへ向かってしまうのだろうか……』
文章からは、筆者が感じていた底知れぬ恐怖と絶望が、色褪せたインクの滲みを通して生々しく伝わってくる。ページをさらに送ると、歴史の歯車が音を立てて崩壊した瞬間が記録されていた。
『一〇四七年度、ついに人族の間で内乱とも呼べる大規模な戦争が勃発した。それは、管理者たちを神のごとく崇め奉る「管理者派閥」と、管理者たちをこの国から追放し、かつての王権再興を強く望む「王権復興派」による血みどろの争いだった』
『王権復興派は、水面下で極秘裏に育て上げられていた数名の人造兵器の若者たちを、開発を担当していた研究チームの者たちごと味方に引き入れることに成功した。彼らは蜂起し、管理者たちをヴェリタスから追放して、再び人間だけの力でこの世界を作り直すと高らかに宣言したのだ』
『最初のうちは、人造兵器たちの圧倒的な戦闘力もあり、戦力は拮抗しているように見えた。しかし、管理者たちが振るう人類の科学を遥かに超越した未知の圧倒的な力の前に、王権復興派は徐々に、そして確実に追い詰められていった。そして、激闘からわずか一年後――王権復興派は完全に壊滅した』
『主要な幹部たちは全員が例外なく処刑され、希望の星であったはずの人造兵器の子どもたちは、再び管理者たちの冷徹な管理下へと強制的に回収された。ただ一人、その混乱の最中に組織を抜け出した者を除いて……。そう、人造兵器の被検体の一名が、今も行方不明となっている』
その記述を見た瞬間、シンの心臓が激しく跳ね上がった。
(行方不明の……被検体……?)
手記の記録は、そこで一つの大きな時代の転換点を迎えていた。
『これ以降、この大陸は実質的に管理者による長きにわたる完全な支配の時代へと突入した。管理者たちは大陸中央の人族の街を拠点とし、大陸各地で最も魔力が濃く湧き出る要所に次々と神殿や祠を建造し、そこに厳重な儀礼用の「法具」を設置した』
『彼らは言う。その法具が大地から莫大な魔力を吸い上げることで、世界を脅かす災厄から大陸を守る強固な「結界」が維持されているのだと。そして、その法具を守り、結界の維持を管理するためにそれぞれの街が作られ、人々に神託を伝える「巫女」という存在が意図的に生み出された』
『だが、おかしい……。あいつらは、大地から集めた膨大な魔力を使って、いったい何を成し遂げようとしているというのか。世界を守るためなどというのは、きっと表向きの綺麗ごとなのだ……』
文字の勢いが、急激に荒々しく変わっていく。筆者の切迫した状況が、乱れた筆跡から痛いほど伝わってきた。
『……ここまで真相に近づき、秘密裏に情報をまとめ上げてきた私自身の存在に、ついに管理者側の手先が気付き始めた。今や、私の周囲にも監視の目が伸びている。彼らは私をこの世から消そうとしているのだ』
『だが、せめてこの真実が記された手記だけは、絶対に隠し通さなければならない。私は誰にも見つからないよう巧妙にカモフラージュを施し、自分が日頃から頻繁に使っていたあの書架の一番奥、最も古いお菓子の本のフリをしてこの場所に隠すことにした』
『どうか、この歪んだ世界の真実に疑問を持ち、未来を切り拓こうとする志ある誰か一人の目に、この記録が届いてくれることを心から願って……』
そこで、手記のインクはプツリと途切れていた。
静まり返った部屋の中で、シンはぐったりと椅子に背中を預け、荒い息を整えた。
管理者の真の目的とは一体何なのか。そして、この千年前の狂気的な歴史と、いま自分たちが生きている現代の世界との間には、いったいどんな繋がりが隠されているのか。
知りたかった情報の片鱗には触れることができたものの、肝心の「自分の記憶の空白を補完する手がかり」や、「自身の体に宿る異質な治癒魔法のルーツ」については、結局何一つ明確な答えは得られなかった。
手の中にある古びた手記の重みだけが、答えのない世界の謎を突きつけるように、冷たくそこにあった。
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