8話
人間が歩くだけで空気が凍りつくような村の中で、その男は相変わらず穏やかな笑みを崩さずに木槌を振るっていた。
先日、広場で村人の若いエルフから石を投げつけられ、頬に浅い傷を負った一件から数日が経過している。エルフと人間の間に横たわる底知れぬ溝の深さを肌身で理解したはずのシンだったが、不平を口にすることも、怒りを露わにすることもなく、ただ淡々と日々の作業をこなしていた。
長老たちの間では、あの理不尽な仕打ちを受けたらさすがに逃げ出そうとするか、あるいは内に秘めた本性を爆発させて暴れ出すのではないかという観測があった。しかし、シンは一向にそのどちらの反応も示さない。
そのため、「ならばもうしばらく日中の村内での作業を続けさせ、いつ本性を見せるか徹底的に観察してやろう」という名目のもと、相変わらず日中だけは牢の外に出されて村のあちこちを回る生活が続いていた。
村人たちの冷ややかな視線や、背中に突き刺さるような警戒の気配は一日たりとも途絶えない。しかし、シンはそんな重苦しい空気さえもどこ吹く風とばかりに、黙々と、むしろ楽しげにさえ見える手つきで村の設備の修繕を進めていた。
「おい、シン……。お前、本当に人間なのか?」
作業の合間、シンの監視役としてついていた衛兵が、あまりのマイペースさに半分呆れたような、あるいは感心したような複雑な顔をして声をかけた。村人から石を投げつけられても平然としていた男が、今度は一部欠けている木製の水車をまるで芸術品でも扱うかのように手際よく直している。
シンは手を止めず、衛兵の方を向いて柔らかな苦笑いを浮かべた。
「はは、自分でもよく分かりませんが、間違いなく人間だと思いますよ。少なくとも、体に羽や角が生えてきたりはしていませんからね」
「いや、普通はあんな風に露骨な敵意を向けられたら、怯えるか怒るかのどっちかだろ。お前を見ていると、本当に野蛮な人間なのか疑いたくもなる」
「そうですか? 皆さんにも守りたいものがあって、自分を警戒されているだけですから。怒るようなことではありませんよ」
そう言って当たり前のように笑うシンを見て、衛兵は肩をすくめて首を横に振るしかなかった。
しかし、そうして数日が経つにつれて、村人たちのシンの見る目にわずかな変化が生まれ始めていた。
最初はただの「危険な人間の囚人」として毛嫌いし、目を合わせることすまいとしていた者たちが、あちこちの壊れた柵や建物の扉、共同井戸の屋根などが信じられないほどの早さと美しさで次々と直っていくのを目撃し始めたからだ。
「ちょっと、見てよあれ……。あんなにボロボロだった集会所のテラスが、昨日の夕方にはすっかり元通りになっていたわよ」
「人間って、もっとこう、乱暴で汚いものを作る連中だと思っていたけれど……。あれは一体どういう技術なの? もしかして、あの男は実はドワーフの化身だったりするわけ?」
エルフたちが知る下賤な人間のイメージとはあまりにもかけ離れた、洗練された腕前。そして何より、どれだけ冷たい視線を向けられても決して不快な態度をとらず、むしろ困っている子供に近づいて声をかけたり、村の小動物にも配慮するシンの姿が、村人たちの頑なな心を少しずつ揺さぶり始めていた。
極めつきは、村に浮遊する精霊たちの反応だった。
神聖な森の力を宿す精霊たちは、邪な心を持つ人間には決して近づかず、強い嫌悪感を示す。しかし、シンが村内で木を削ったり作業をしたりしていると、どこからともなく風の精霊や小さな光の精霊たちがふわふわと集まってきて、彼の肩や足元に楽しげに群がり始めたのだ。
「……嘘だろ。精霊があの男に懐いている……?」
「危険な人間どころか、まるで森に愛されているみたいじゃない……」
それまでシンのことを「いつか牙を剥く害獣」として警戒していた村人たちは、その信じがたい光景を目の当たりにして次々とどよめきを上げた。あんなにも穏やかで、謙虚で、誰に対しても分け隔てなく丁寧な対応をする人間など見たことがない。
もしかすると自分たちは何か大きな誤解をしているのではないかという思いが、少しずつ村人たちの間に広がり、凝り固まっていた警戒心が氷解するように薄れていった。
そんな村の様子の変化を、少し離れた建物の陰から見つめている人物がいた。風の巫女であるセレネである。
彼女は杖を握りしめたまま、村人たちがシンに対して敵意を引っ込め、むしろ好意的な視線を向け始めている光景を複雑な眼差しで見つめていた。
――私の直感は間違っていなかった。あの人は、村に災いをもたらすような危険な人間なんかじゃない。
心の底ではそう確信し、自分の目に狂いはなかったのだと安堵する自分がいる。だが同時に、かつて厳格な規律を盾にシンを誰よりも厳しく突き放していたはずの自分が、いつの間にか彼を信じ始めていることに対する戸惑いと、完全には人間という存在を信用しきれない一抹の不安が、胸の奥で渦を巻いていた。
村人たちの警戒が解かれていくのとは裏腹に、セレネの心の中の波立ちは、日を追うごとに複雑さを増していくのだった。
読んでいただきありがとうございます!
この作品が「面白い」「続きが気になる」と思った方はぜひ評価をいただけますと執筆の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。




