77話
王城の重厚な鉄格子を見上げながら静かに待っていると、先ほど足早に走り去っていった兵士が、息を整えながら戻ってきた。
「お待たせしました。上の者に確認を取りましたが、明日の夕方でしたら面会のお時間をいただけるとのことです。こちらが謁見の許可証になります」
兵士が差し出したのは、王家の紋章が精巧に型押しされた重みのある一枚の通行証だった。セレネは両手でそれを丁重に受け取ると、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
「ご面倒をおかけしました。ありがとうございます」
「いえ、風の巫女様にご足労いただいたのですから当然でございます。明日は時間厳守でお越しください」
兵士に見送られながら、シンとセレネは王城の敷地をあとにして、自分たちが宿泊している宿へと歩き出した。夕暮れの冷たい風が石畳の通りを吹き抜ける中、シンは感心したような、どこか呆れたようなトーンで隣を歩く女性に声をかける。
「まさか、本当に何とかなるものですね。正直、門前払いされる覚悟もしていたんですが」
「ね! やってみるものかしら、何事も経験よ」
セレネは許可証を大切そうに鞄のポケットにしまいながら、誇らしげにふふんと胸を張った。その堂々としたポジティブさに、シンは思わず苦笑いを浮かべる。
「さすがは風の巫女様、というところですか。僕なんて名前を出したところで、どうせ怪しまれるのがオチだと思っていましたからね」
「ふふ、頼りになる仲間がいてよかったでしょう? 明日はしっかり地下書庫の閲覧許可も取り付けましょうね」
翌朝、シンとセレネは朝の澄んだ空気の中、久しぶりに街の表通りへと繰り出していた。この数日間は図書館に缶詰め状態でひたすら古文書の山と格闘していたため、のんびりと外の空気を吸うのは久しぶりである。
大陸随一の巨大都市であるヴェリタスの商店街には、東方の珍しい香辛料や、北方の魔獣の素材、さらには南の海で採れた色鮮やかな宝石や織物まで、世界中のあらゆる品物が所狭しと並んでいた。あちこちから威勢の良い売り子の声が飛び交い、道行く人々の活気に満ちた雰囲気が肌に伝わってくる。
「わあ……すごい品数ね。見て、シン、あそこに並んでいる瓶の薬草、地方じゃお目にかかれない珍しい種類だわ」
セレネはきらきらと瞳を輝かせながら、軒先に並ぶ色とりどりの露店を次々と覗き込んでいく。旅の道中では常に魔物との緊張感や調査のプレッシャーがあったためか、今の彼女は年相応の華やかな少女のような無邪気な笑顔を見せていた。
「本当ですね。これだけ色々な物が集まるなら、いざという時のための消耗品や保存食の買い足しにも困らなそうです」
「もう、せっかくの街の散策なんだから、お仕事の話はちょっとお休みよ。ほら、あのお店に美味しそうなドライフルーツがあるわよ、行ってみましょ」
セレネに袖を引っ張られるまま、シンは苦笑しつつもその後に続いた。二人は色々な店を冷やかして歩き、珍しい食材や道中で必要になりそうな細々とした道具をいくつか買い揃える。大陸の中心地ならではの活気と買い物の楽しさを存分に堪能した頃には、太陽はすでに傾き始め、指定された夕方の時間が近づいていた。
「そろそろ、約束の時間ですね」
「えぇ、行きましょうか」
買い物を終えた荷物を宿に預け、身なりを整えた二人は、再び緊張感を漂わせながらヴェリタスの中央にそびえ立つ王城の正門へと足を向けた。
昨日の今日とあって、門を守る兵士たちの視線は前回よりもいくぶん鋭い。二人の姿を認めた隊長格の男が、ピタリと足音を止めて声をかけてきた。
「止まれ。昨日の風の巫女殿だな。面会の許可証はお持ちか」
「はい、こちらに」
セレネは昨日の兵士から渡された許可証をスッと差し出した。男は受け取ると、表面の紋章と魔力の痕跡をじっと確認し、納得したようにうなずいてそれを返却する。
「……確認いたしました。間違いありません。どうぞ、お入りください」
重々しい金属の音を立てて城門がゆっくりと開き、二人はついに王城の内部へと足を踏み入れたのだった。
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