76話
王都ヴェリタスの喧騒から少し離れた落ち着いた店内で、シンとセレネは甘いお菓子と温かい紅茶を口に含み、静かな休息の時間を過ごしていた。
「城の地下書庫ねぇ……。一般の人間には見せられない古文書が隠されているとなると、普通に頼み込んでもまず通してくれないでしょうね」
シンはカップをソーサーに置きながら、小さく息をついた。図書館の管理人が教えてくれた情報は確かである一方、国家の機密に関わるような禁忌の資料を、一介の旅の冒険者が簡単に閲覧させてもらえるとは到底思えない。
「うーん、そうかもしれないけど、ダメ元で当たってみる価値はあるんじゃないかしら?」
お皿の上の小さめの焼き菓子を一口で平らげると、セレネはパッと明るい表情を浮かべて席から立ち上がった。
「悩んでいてもしょうがないわよ! 行ってみてから考えましょ」
「あ、セレネさん、ちょっと待ってくださいって!」
店員に軽く手を挙げて挨拶を済ませ、さっさと店の外へ歩き出すセレネの背中を慌てて追いかけながら、シンは苦笑いを隠せなかった。
やがて二人がたどり着いたのは、ヴェリタスの中央にそびえ立つ王城の正面門だった。分厚い鉄の格子と頑丈な石造りの門柱の前では、精悍な顔立ちをした警備の兵士たちが鋭い眼光を光らせて目を光らせている。
二人の姿に気づいた一人の兵士が、一歩前に出て手を伸ばした。
「止まれ。ここは王城の敷地だ。申し訳ないが、正式な謁見の許可を授かった者しか立ち入ることはできん。名前と許可証を見せろ」
予想していた通りの対応。そんな都合の良いものなど持っていない。シンがわずかに眉をひそめてどう説明したものかと思案したその瞬間、隣に立っていたセレネがスッと一歩前に出た。微塵も怯えのない、堂々とした立ち振る舞いである。
「私は風の巫女セレネです。急な訪問となってしまい誠に申し訳ありませんが、王に直接お目通りしたく参りました。お取り次ぎをお願いできますか」
「風の巫女……?」
兵士たちは顔を見合わせ、驚きと戸惑いの入り混じった視線をセレネに向ける。彼女が纏う独特の澄んだ魔力の気配と凛とした佇まいに、ただ者ではないと直感したのだろう。表情がわずかに引き締まった。
「失礼いたしました。風の巫女様のおなりでしたか。お名前はかねがね……しかしながら、王陛下は現在、国の政務や来客で大変ご多忙であられます。今すぐの謁見は、いかに巫女様といえどもお受けいたしかねます」
「しばらくはこのヴェリタスの街に滞在しておりますので、今日すぐでなくても急ぎではありません。ただ、あまり長く待つことも難しい事情がありまして……。なにとぞ、王様へのお取り次ぎをお願いできないでしょうか」
セレネの物腰柔らかくも決して引かない毅然とした交渉術に、兵士たちは再び顔を見合わせた。王国の要人である風の巫女からの直接の頼みとあっては、無下に追い返すわけにもいかないらしい。
「……承知いたしました。王の間へ直接確認を取ってまいりますので、少々お待ちください」
そう言い残すと、二人の兵士のうち一人が素早い足取りで城の敷地内へと走り去っていったのだった。
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