71話
「ねえシン、街の入り口まで魔法で石畳を敷き詰めてきたわよ!」
大通りに響き渡るセレネの弾んだ声に、仮設の救護所で薬草を仕分けていたシンは深くため息をつき、作業の手を止めた。
「セレネ……頼むから大人しく手伝いの範囲に収めてくれ。完治したとはいえ、あんな腹の傷を負った病み上がりが魔法をぶっ放してどうするんですか」
「もう! 傷なら綺麗に消えたし、私、すっかり元気なんだから過保護すぎ!」
ぷくっと頬を膨らませるセレネの腕を容赦なく掴むと、シンは彼女を強制的に近くの木陰のベンチへと連れ戻した。
激闘のあの日から、早くも数週間が経過していた。
凄まじい熱量で進められた迅速な復興作業のおかげで、瓦礫の山だった大通りには真新しい木造の施設が立ち並び、主要な生活拠点や商業施設はすっかり再建を果たしていた。かつての美しい街並みが少しずつ息を吹き返していく様子は、恐ろしい地獄を生き延びた住民たちの心に、何よりの明るい希望の光を灯している。
復興の先頭に立っていたのは、他ならぬこの街の巫女であるミズキだった。
「遠方から復興支援に駆けつけてくださった皆様、本当にありがとうございます。皆様の温かいお心が、このリプルズの新しい足がかりとなっております」
凛とした立ち振る舞いで支援者たち一人ひとりに深く感謝の意を伝えるミズキの姿は、まさに街を治める者そのものだった。
――だが、日中の公式な仕事がすべて終わると、その重厚な仮面はあっさりと剥がれ落ちる。
「ふい〜……今日のお仕事終了! シン、セレネ、遊ぼ〜」
ミズキはてけてけと軽い足取りで二人の滞在する仮設住宅へやってくると、長椅子にだらしなく腰掛けた。
「お疲れ様です、ミズキ様。お茶を淹れますね」
「ありがとー、シン。あ、ねえシン、ついでに今日も治癒魔法かけて? なんか肩がコリコリするんだよね」
「ミズキ様、治癒魔法は肩こり解消の道具ではありませんよ……まったく、自分を何だと思っているんですか」
「いいじゃない、シンの魔法、温かくてすっごく気持ちいいんだもん」
呆れつつも、シンは掌に淡い光の粒子を浮かべ、ミズキの肩にそっと触れて柔らかな治癒の波長を流し込んでやる。
「あぁ〜……生き返る〜……」
「ちょっとミズキ、あんた巫女としての威厳が台無しよ? シンを便利屋扱いしないでちょうだい」
「えー、セレネだっていつもシンに甘えてるじゃん」
「甘えてなんか……! これは適材適所の助け合いよ!」
そんな他愛もない雑談を交わしながら、穏やかな夜の時間がゆっくりと流れていった。
ふと、お茶を一口すすったミズキが、思い立ったように二人へ視線を向けた。
「ねえ、ずっと気になってたんだけど……二人はどうして、このリプルズの街に来たの?」
一瞬、シンとセレネは顔を見合わせる。
過酷な戦いの連続だったため、もうかなり昔のことのように感じられるが、セレネは脚を組み直し、静かな口調で語り始めた。
「……実を言うとね、今、この大陸全域で魔物の不自然な活性化とか、古くから伝わる法具に関する不可解な事件が多発しているのよ。私はその原因を探るために、各地の街を巡って調査を続けていたの。その途中で、この街の異変に気づいて足を踏み入れたってわけ」
「そうだったんだ……」
ミズキは頷き、今度はシンの方をじっと見つめた。
「じゃあ、二人の次の目的地はどこなの?」
シンは温かいお茶を自分の湯呑みに注ぎ足しながら、穏やかに答えた。
「僕たちはこれから、大陸中央に位置する都市『ヴェリタス』へ向かう予定です」
「ヴェリタス? 大陸で一番大きな図書館がある場所だね。そこに何があるの?」
「……僕自身の、失われた記憶と力について探るためです。自分が何者なのか、なぜこんな特殊な力を持っているのかを知ることが、僕の旅の大きな目的の一つですから。ただ……」
シンは言葉を切り、窓の外に広がる復興途中の街並みを見やった。
「急ぎの旅じゃないの?」
ミズキが首をかしげて尋ねると、シンは苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「元々は自分の記憶を探すことが最優先だったんですが……やっぱり、この街が完全に復興するのを見届けて、手伝える限りの手助けをしないまま去ってしまうのはどうなのかな、と思いまして。だから、もう少しここに残って――」
「――それなら、ここはもう大丈夫だよ」
ミズキの遮るような、しかしとても温かい声が響いた。
シンとセレネが驚いて視線を向けると、ミズキはどこか誇らしげに、優しく目を細めて二人を見つめていた。
「シンとセレネが私を助けてくれて、命がけでこの街を手伝ってくれたおかげで、街のみんなはもう前を向いて生き生きと働いてる。私だって、もう一人でこの街を支えていけるよ。……だから二人も、自分たちの本当の旅に戻って大丈夫」
まっすぐな意志が宿ったその言葉に、シンは一瞬目を丸くしたが、やがてフッと柔らかい笑みをこぼした。
「……改めて、セレネから事前に聞いていたミズキ様の印象とは、全く違いましたね」
「へぇー? セレネは私のこと、シンになんて言ってたの?」
ミズキが興味津々にセレネの方を向くと、シンはあっけらかんと答えた。
「すごくマイペースで、手のかかる人だと」
「ちょっとシン! 余計なこと言わなくていいのよ!」
セレネが真っ赤になって抗議するが、ミズキは「あはは、そうだね。当たってるよ」と笑った。
だが、シンは表情を少し引き締め、真摯な眼差しでミズキを見つめ直した。
「でも、それだけじゃなかった。どんなに酷い傷を負っても、どれほど過酷な状況に追い込まれても、自分が守るべきもののためにどこまでも強く戦える……本当に心の強いお方なんだと、身をもって知りました」
「………………っ」
シンの迷いのない直球の言葉に、ミズキは言葉を詰まらせた。
みるみるうちにその頬が朱に染まっていき、かっと顔を熱くさせたミズキは、慌てて二人からぷいっと後ろを向いて背中を向けた。
「……ぁ、あぅ……な、なんか急にそんなこと言われると、照れちゃうね……。……うん、ありがとう、シン」
蚊の泣くような声で礼を言うミズキの耳先は、真っ赤に熟れていた。
そんなミズキの様子に首を傾げたシンは、隣に座るセレネの袖をちょんちょんと引っ張り、ごく小声で耳打ちした。
「……あれ、セレネ。自分、何か変なこと言いましたかね? 怒らせちゃいましたか?」
しかし、セレネは心の底から呆れ果てたような、半目のジト目でシンを睨みつけていた。
「……あなたって人はねぇ、どうして時々、無自覚にさらっとそういう殺し文句が言えちゃうわけ……?」
「えっ? いや、僕はただ、思った通りの事実を伝えただけで……」
「それが一番タチ悪いって言ってるのよ、この鈍感!」
「なっ、なんで僕が怒られてるんだ……!?」
理不尽そうに困惑するシンを見て、後ろを向いたままのミズキがプッと吹き出し、やがて三人で顔を見合わせて楽しそうに笑い声を響かせた。
夜が深く更けていく中、ランタンの柔らかな光に包まれた部屋で、三人はこれまでの思い出やこれからの未来について、時間を忘れて和やかに語り合った。
そして話し合いの末、シンとセレネがこのリプルズの街を出発する日は、二日後の朝と正式に決まったのだった。
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