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70話

「――シン」


ゆっくりと振り返ったシンの視線の先には、腹部を痛々しく赤く染めながらも、ミズキの細腕にしっかりと支えられて自力で立っているセレネの姿があった。


「シン、もう戦いは終わったわよ……」


彼女がそう呟いて周囲を見回すと、レリックの無惨な敗北とシンの放つ圧倒的な殺気に気圧され、逃げ場を失って恐怖で立ちすくんでいた数体の魔物たちは、すでに他の騎士や神官たちによって次々と討ち取られ、すべて絶命していた。シンが恐怖のオーラで動きを縛り上げていたその隙を、味方側が見事に突き崩したのだ。


「セ……レ……ネ……」


シンが乾いた声を漏らした瞬間、彼の瞳に宿っていた血のような赤色はスウッと嘘のように消え失せ、本来の透き通るような色合いへと戻っていく。それと同時に、彼を包み込んでいた禍々しい赤黒いオーラも、まるで霧のように跡形もなく霧散した。


「シンのおかげで、みんな助かったわよ。私たちもね」


そう言って、セレネは痛みを堪えながらも、安心させるようにふっと柔らかく微笑んだ。


「……良かった。本当に、あなたが無事で……」

「あなたがいてくれたから、私はこうして生き延びることができたのよ。だから……そんなに悲しそうに、泣きそうな顔をしないで」


セレネは痛む体を少しだけ動かすと、シンの頬へとそっと自分の手を伸ばした。

その指先が触れた瞬間、張り詰めていたシンの糸がプツリと切れ、彼の頬を温かい一筋の涙が伝い落ちた。


「ふふ、今日はシンの珍しい顔を二つも見られたわね。なんだか、とっても良い一日になりそうだわ」


そう言ってセレネは、夜の闇を完全に払い、水平線の彼方から世界を黄金色に染め上げながら昇ってくるまばゆい朝日を見つめた。

そして、その血みどろの戦闘の一部始終を、広場の片隅の影からじっと観察していた一つの黒い影は、朝の光が差し込むとともに、誰にも気づかれないまま溶けるように消え去っていた。


頭の狂気が去った後、後始末と日常の再建が始まった。

人間の姿へと戻ったレリックは、シンが心底不愉快そうな表情を隠さないまま最低限の治癒魔法だけ施されて、硬く閉ざされた牢屋のなかに放り込まれている。後に、この街の裏側で起きたすべての陰謀について、徹底的な尋問が行われる予定だった。

魔物たちの侵攻によって無残に破壊し尽くされたままの廃墟から、住民たちは何とか雨風を凌げる民家を捜し出し、出血多量で倒れていたミズキとセレネは、まずはそこで絶対安静の療養をするよう厳しく言い渡されていた。


その間、シンは休む間もなく負傷した人々の治療に奔走しつつ、セレネの収納魔法の指輪から取り出した保存食や調理器具を使い、数人の街の女性たちと一緒に大きな鍋を囲んで炊き出しの準備を進めた。

しばらくの間、地下の牢獄や過酷な環境で最低限のものしか口にできていなかった騎士や町民たちは、温かいスープを口に運ぶと、心の底からホッとしたような笑顔を浮かべて喜んだ。

そして、人々の胃袋に温かい食事が行き渡ると、街の本格的な復興に向けた計画が次々と話し合われ始めた。


護衛騎士や生き残った神官たちのリーダーたちが集まり、まずは大通りを塞ぐ巨大な瓦礫の撤去作業、住民たちのための休憩スペースの仮設、そして周囲の村や町へ復興のための迅速な協力を仰ぐ使者の派遣が決定された。

特に外部への要請には、巫女であるセレネとミズキが連名で正式な親書にサインを入れ、隣接する街からの協力を強く取り付ける。

そんな事情を一切知らない通りすがりの商人が、何も知らずに再びリプルズの街にやってきて、目の前に広がる大規模な瓦礫の山と復興の慌ただしさを目の当たりにした時には、あまりの衝撃と言葉のなさに、その場で完全に腰を抜かしてしまったという。


さらに時間――1週間が経過した。

街の中心部を走る大通りの瓦礫はきれいに撤去され、少しずつ仮設の商業施設が立ち並び始めている。安全が確認された一部の区画は住民たちの休憩スペースに変更され、区画ごとに再び生活のための施設を作り上げていくという方針で復興は順調に進んでいた。

ちなみに、街の象徴である神殿の修復については、ミズキの強い意向により「今は後回しでいい」と却下されていた。彼女曰く、神の家よりもまずは住民たちが安心して暮らせる生活インフラの確保が最優先とのことだった。


「わずか一週間で、ここまで復興が進むとは……つくづく、この世界の魔法という力はすごいものですね」


医務用として急造された仮設住宅の窓枠に寄りかかり、大通りで活気を取り戻しつつある人々の姿を眺めながら、シンは感心したように呟いた。


「あなたの使っている魔法も、大概おかしい領域に達しているけどね」


そう言って、背後からひょっこりと顔を出したのは、すっかり元気を取り戻した様子のセレネだった。


「セレネ、まだそんなに動いてはダメだと言ったはずです。もう少しベッドで休まないと……」

「もう十分すぎるほど寝てたから大丈夫よ! ちょっと、過保護すぎないんじゃない?」


と、二人が相変わらずの距離感で軽口を叩き合っていると、部屋の奥からもう一つの声が割り込んできた。


「あれだけの致命傷を負っておきながら、シンがここまで心配するのも当たり前でしょ。むしろ、セレネの方が生死の境を彷徨った自覚がなさすぎるわ」


そう言いながら、ミズキがトコトコと歩いて会話に加わってくる。


「ミズキ様も人のことは言えませんよ。あなただって地下で相当な拷問を受けていたんですからね」

「シンは大げさだなー。あれくらい、少し寝れば治る範囲だから大丈夫だよ」

「いやいや、ミズキ様の『大丈夫』の基準は一般人と違いすぎます!」


瓦礫の山から立ち上がり始めた街の青空の下で、いつもの穏やかで平和な言い争いの声が、心地よく響き渡っていた。

読んでいただきありがとうございます!

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