66話
セレネが放った渾身の魔法弾によって噴水の地下水晶が完全に粉砕された瞬間、地下水路を脱出のために駆け抜けていた護衛騎士や住民たちの身体に、驚愕の波紋が広がった。
「おっ……? おい、嘘だろ……魔力が、体に戻ってきたぞ!」
「本当だ! さっきまで完全に封じられていたはずの魔法が、綺麗に使えるようになってる……!」
突如として体内に満ちあふれた魔力の感覚に、誰もがどよめきと歓喜の声を上げる。
その異変を肌で感じ取ったシンは、足を止め、後ろに続く護衛騎士たちへと鋭く振り返った。
「……! セレネが結界の水晶を破壊してくれたようです。皆さん、魔力が戻ったならもう大丈夫。僕の代わりに、みんなを連れて速やかに地上へ脱出してください!」
「待ってくれ! あなたはどうするんだ!?」
護衛騎士の男が息を弾ませながら問いかけると、シンは揺るぎない決意を込めた眼光を返す。
「僕は、地下の奥に囚われているミズキ様を救い出しに行きます! 居場所もある程度は把握しております」
「……わかった! ここからは俺たちが責任を持って全員を地上へ連れ出す。ミズキ様を頼みました、シン殿!」
「はい、任せてください!」
そう言って避難民の誘導を託し、シンは単身、再び誰もいない深い地下水路の奥へと身を翻した。
掌から展開したサーチの魔力を極限まで研ぎ澄まし、敵との無用な接敵を完璧に避けながら、ミズキが幽閉されている監獄区画へと一直線に疾走する。
(……おかしいな。先ほどまでうろついていた神官の姿が消え、代わりに魔物たちが慌ただしく通路を行き来している……。地上で結界が壊され、連中にとってよほど都合の悪い変化が起きたってことか)
状況の急変を冷静に脳内で分析しながら進むと、昨日通った見覚えのある石造りの通路に差し掛かった。その瞬間、シンのサーチに前方から移動する3つの大きな生体反応が引っかかる。
(……っ、この反応は!)
シンは即座に近くの柱の陰へと飛び込み、呼吸の音すら完全に消して気配を断った。
ガサッ、チャキッ、と湿った水音を立てながら、二体の醜悪な魔物がぐったりとした人間の肉体を担ぎ上げるようにして走り去っていく。その中央で、水色の髪を乱したミズキが完全に意識を手放したようにぐったりと垂れ下がっていた。
(街の結界が破られ、計画が狂ったから、ミズキ様だけでも人質として別の場所へ連れ去るつもりか……!)
敵の意図を瞬時に察知したシンは、魔物たちが自分の真横を通過し、わずかに警戒が緩んだその刹那を見逃さなかった。
「……逃がさない!」
地を蹴る音すら消した無音の踏み込みから、シンは愛刀『風切』の刀身を閃かせ、最後尾を走る魔物の頸椎へと一閃を叩き込む。
「がぁっ……!?」
不意打ちを完璧に受けた魔物は、音を上げる間もなく鮮血を噴き出してその場に崩れ落ちた。
それに驚いたもう一匹の魔物が振り返ろうとした瞬間、シンは追撃の踏み込みで間合いを詰め、一太刀でその急所を貫き絶命させた。
「ミズキ様!」
シンは崩れ落ちるミズキの身体へと素早く駆け寄り、その小さな体を両腕でしっかりと抱き止めた。しかし、その手にかかる感触に、シンは冷や汗を流す。ミズキの腹部の衣類が深く切り裂かれ、生々しい傷口から鮮血が止めどなく流れ出していたのだ。
「くっ……!」
シンは一刻の猶予もないと判断し、すぐさま掌を傷口に当てて高度な治癒魔法を注ぎ込む。
じわりと柔らかな光が溢れ、腹部の致命的な裂傷はみるみるうちに塞がり、出血は完全に止まった。
その微かな魔力の温かさに包まれて、ミズキはゆっくりと重い瞼を持ち上げた。潤んだ瞳で目の前の男の顔をじっと見つめ、ぽつりと言葉を零す。
「……あれ? 君は確か、セレネの……。こんなところで、また会うなんて不思議だね……」
緊迫した状況とは裏腹な、相変わらずどこかマイペースで天然な物言いに、シンは思わず苦笑を漏らしつつも安堵の息をつく。
「呑気なことを言っている場合ではありませんよ。助けに来ました。安心してください、街の住民たちも今ちょうど地上へ向けて脱出しています」
「……それなら、本当に良かった……」
ホッとしたように小さく微笑むミズキを見て、シンは手早く彼女の前へ回ると、その体をしっかりと背負い上げた。
「それよりも、ミズキ様、あなたの方こそ心配です。その腹部の傷は、いったい……」
「あぁ、あれね……。ついさっき、上の連中がものすごく慌ててやってきて、私を無理やり別の場所へ連れ出そうとしたから……ちょっと抵抗したら、こうなっちゃったの」
「そうですか……。ひとまず致命傷は治しましたが、失った血の分まで戻るわけではありません。まだ身体の負担は大きいはずですから、無理をせず、そのまま背中で休んでいてください」
「うん……ごめんね、おんぶしてもらっちゃって……」
ミズキの細い腕がシンの首元にそっと回される。
シンはこれ以上傷口が開かないよう、走る際の足の衝撃を極限まで殺しながら、音もなく地下水路の出口へと再び駆け出した。
湿った暗がりを抜けて、ついに水路の出口から地上へと飛び出したシンの目に飛び込んできたのは、無数の魔物たちが群がり、その中心でセレネや解放された神官、護衛騎士たちが激しい戦闘を繰り広げている壮絶な光景だった。
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