64話
夜の帳がまだ街を深く包み込む静寂の中、シンは誰にも気づかれることなく、湿った地下水路から音もなく宿の部屋へと戻った。
コツコツと控えめに扉を叩き、合図を送ると、すぐにガチャリと鍵が開き、中から切なげな表情を浮かべたセレネが顔を出す。
「シン……! 無事だったのね、よかった……」
「はい、ただいま戻りました」
部屋の中に滑り込んだシンは、扉をしっかりと閉め直すと、すぐさまミズキと接触して得てきた情報をセレネに細かく共有した。
「地下水路の奥でミズキ様を発見しました。拷問による手荒な真似をされたせいで、全身にかなりの怪我を負っていましたが……命に別状はなく、意識もしっかりしていました。それに、街の住民たちが囚われている区画の場所も聞き出すことができました」
「本当……! ミズキが無事でよかったわ……。それで、やっぱりまずはミズキを最優先で助け出すの?」
セレネの問いかけに、シンは少しだけ複雑そうな表情を浮かべて首を横に振った。
「いえ……実は、ミズキ様からは、僕たちに住民の救出を最優先にしてほしいと頼まれました。彼女自身は、自分が持っている法具の場所を絶対に喋るつもりはなく、奴らも場所を聞き出すまでは自分を殺さないから大丈夫だと、そう言って譲らなかったんです」
「ミズキらしいといえばらしいけれど……自分の身が危ないっていうのに、本当に頑固なんだから……」
「仮に彼女の言葉を前提とするならば、先に街の住民たちを解放して戦力を増やすという判断も十分に頷けます。それに、もう一つ重要な問題がありまして……ミズキ様は両手足に『魔力封じの枷』をはめられていました。おそらく、他の住民たちや神官の方々も同じように魔力を封じられている可能性が高いです」
「魔力を封じられているのなら、まともに魔法も使えないし逃げるのも難しいわね……」
「えぇ。そして、その魔力封じの枷を無効化するためには、街の中心部にある噴水に偽装されている装置……『結界の水晶』を破壊しなければならないとミズキ様から教わりました」
シンの言葉を聞き、セレネは指を折りながらやるべき事を整理していく。
「つまり、私たちがやるべきことは全部で3つ。街の結界の水晶を破壊すること、地下に囚われた住民たちを保護すること、そして最後にミズキを救出することね」
「はい。特に『水晶の破壊』と『住民の救出』の二つは、敵に警戒される前、ほぼ同時に行う必要があります」
「分かったわ! それなら、街の中心地で噴水の水晶を破壊する役目は私が引き受けるわ。地下水路の構造は複雑だし、内部の敵を相手にしながら動くのは、実際に潜入したシンの方が詳しいでしょうから、そこは任せるわね」
「頼もしいですね。……わかりました、その役割分担でいきましょう」
二人は深夜のうちに細かな連絡のタイミングを確認し合い、決戦の時に備えて短い仮眠をとった。
そして、まだ辺りが深い闇と朝霧に包まれた、夜明けのほんの前。
「それじゃあ、行ってきます。無茶はしないでくださいね、セレネ」
「そっちこそ、気をつけてね、シン」
静かなアイコンタクトを交わし、二人はそれぞれの目的地へ向けて動き出した。
シンは再び人目を完全に避けるため、まだ暗い路地裏を走り抜け、昨夜と同じ排水口から地下水路へと再び忍び込む。
足元を流れる冷たい水音を立てないよう、慎重に進みながら、掌から微細な治癒魔法の波を広げて周囲の生体反応をサーチしていく。
(……よし、このまま東側の区画へ向かおう)
しばらく薄暗い水路の壁伝いに進むと、サーチの魔力に大量の反応が引っかかり始めた。
さらに奥へと歩を進め、ひときわ広く天井の高い区画の影からそっと様子を覗き込むと、そこには頑丈な鉄の檻がいくつも並べられ、その中に囚われた大勢の街の住民たちが身を寄せ合って眠り込んでいる姿があった。
さらに、檻の周辺には見張りの神官たちが数名配置されている。だが、夜明け前という最も眠い時間帯のせいか、彼らは皆一様に柱に寄りかかったり、武器を抱えたまま船を漕いでおり、ひどく眠そうに欠伸を繰り返していた。
(好都合だな……まとめて沈めておこう)
シンは音を完全に消した無音の移動で、隙だらけの神官たちへと背後から静かに近づいていく。
一番手前にいた神官が、首をカクンと落として完全に意識を手放したその瞬間、シンは瞬時にその懐へと滑り込み、急所を狙った的確な手刀を首筋へと叩き込んだ。
「……っく……」
音すら立てる暇もなく、神官は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。シンは倒れ込む体を素早く両手で支え、音を立てないようにそっと床に寝かせた。
残る見張りはあと数人。シンは冷徹な眼光を潜め、次の標的へと音もなく足を進めるのだった。
読んでいただきありがとうございます!
この作品が「面白い」「続きが気になる」と思った方はぜひ評価をいただけますと執筆の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。




