63話
冷たく湿った牢獄の闇の中で、水色の髪を痛々しく汚した少女は、まるで翼を折られた鳥のようにぐったりと横たわっていた。
「あの、あなたは……ミズキ様ですか?」
鉄格子の隙間から差し伸べられたシンの問いかけに、少女はかすかに瞼を持ち上げ、濁った瞳でぼんやりとこちらを見据える。
「……あなたは……?」
「僕は風の巫女セレネの護衛です。神殿での一通りの事情も、ある程度把握した上でここに潜入しました」
ミズキは震える唇を微かに動かし、消え入りそうな声で絞り出すように言った。
「……それなら、お願い……街のみんなを助けて。全員とは言わない……できるだけ、たくさん……!」
その必死の懇願に対し、シンは迷うことなく冷徹な現実を告げる。
「ですが、水の巫女であるあなたの命を最優先すべきかと思います。敵の目的はあなたから法具の在りかを聞き出すことだ」
「わかってる……。奴らは法具の場所を吐かせるために、私を簡単には殺さない。私が口を割らない限り、すぐに殺されることはないわ……だから大丈夫……」
「そう言い切る根拠はあるのですか? 敵が自力で法具を見つけ出し、利用価値がなくなったミズキ様をその場で処刑する可能性だって十分にあります」
「その心配はないわ。……絶対に、奴らには見つけられない場所にあるから」
「それはどういう……」
「町の住民たちは、ここから東側――ちょうど街の中心部に位置する大きな地下区画にまとめて捕らえられているの。お願い、私じゃなくて、みんなを……!」
その悲痛な叫びに、シンは一度ぐっと押し黙る。想定以上の数の人質が囚われていると知りながらも、少女の瞳に宿る必死の覚悟を感じ取り、シンは次の現実的な問いを投げかけた。
「敵の戦力は、どの程度残っているのですか?」
「正確な数は分からない……。ただ、今は街を襲ったときから半分の数程度しかいないはずよ。住民と一緒に、街の神官や兵士たちもまだ戦える状態で捕まっているから……みんなを助け出せば、大きな戦力になるはずよ」
ミズキは息を整えながら、さらに重要な情報を付け加えた。
「それに……神官たちが話していたのを聞いたわ。街の外周を覆う結界を破壊すれば、この魔力封じの枷の効果も同時に消えるって……。だから、住民たちを解放するだけじゃなく、あの結界の破壊も絶対に重要よ」
「結界……確か、街の中心にある噴水広場の地下に装置があるんでしたね」
「それを知ってるの……? じゃあ、その水晶を破壊して結界を解くことができれば、私や囚われている神官たちも魔法を使えるようになる。この絶望的な状況をひっくり返せるわ」
だが、シンは険しい顔のまま首を横に振る。
「仮に住民たちを全員救い出したとして、その分だけ敵があなたに今まで以上の危害を加えることは容易に想像できます。命まで奪われなくとも、過酷な拷問と痛みは人間の心を少しずつ殺していくものです…」
「……たとえそうだとしても、私は最後まで耐えてみせるわ。それが、この街を預かる巫女の役割だから」
ボロボロの身体でありながら、その唇にわずかな笑みを浮かべてそう言い切ったミズキを見た瞬間、シンはセレネから事前に聞いていた「マイペースで掴みどころがない」という印象とはかけ離れた、芯の強い猛烈な意志の強さを感じ取った。
「……わかりました。覚悟のほどは痛いほど伝わりましたよ」
シンは鉄格子の隙間からそっと手を差し入れ、ミズキの傷だらけの手首に自らの掌を重ねた。そして、ごく微細にコントロールした治癒魔法を静かに流し込む。
じわりと温かな魔力が巡り、ミズキの体のあちこちに刻まれていた痛々しい傷や痣の色がみるみるうちに薄くなっていく。
「……っ……」
自分の身体の痛みが引いていくのを感じ、ミズキは目を見開いた。驚きに満ちた瞳でシンの顔を見上げると、彼女は震える手でシンの手にそっと触れた。
「……温かいね。こんなに素敵で頼もしい護衛がいるなんて、セレネが心底うらやましい……」
「えっと、……つい先ほどまで、彼女とは大喧嘩してきたばかりですがね」
「ふふ……でも、それはきっと、相手のことを心から大事に思っているからこそでしょ? ……そろそろ、見回りの神官たちが戻ってくるかもしれないわ。だから、早く逃げて」
「……わかりました。必ず、あなたも、住民たちも全員助けます。待っていてください」
そう力強く告げると、シンは踵を返して、自分が通ってきた暗い地下水路の道を素早く戻り始めた。
ミズキの切実な願い、住民たちの安否、そして街を覆う結界の破壊――。重なり合う幾重もの課題を頭の中で冷静に整理しながら、シンは次に打つべき最善の一手を組み立てるべく、闇の中を疾走した。
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