62話
「……っ! ミズキが法具の在りかを聞き出すために捕らえられていて、今も地下水路の奥で拷問を受けているって言うの!?」
宿の部屋の扉をしっかりと閉め切った直後、シンから神殿内で盗み聞きした詳細を聞かされたセレネは、あまりの衝撃に息を呑み、血の気が引いた顔で声を荒げた。
「えぇ。それに、街の住民や一部の神官たちまで人質として一緒に捕らえられているそうです。レリックたちの話からすると、相当な人数が地下に幽閉されていることが予想されますね」
「そんな……! 何とかして全員を助け出したいけど、私たち二人だけで一度にそんな大勢の人たちを救い出すなんて、どう考えても無理よ……!」
セレネが唇を噛み締めながら焦燥感を滲ませると、シンは静かに、しかしはっきりと現実を告げた。
「その通りです。他の人たちも全員救いたいのは山々ですが……こちらは二人しかいません。だからこそ、まずは水の巫女であるミズキ様一人の救出を最優先にしませんか?」
「他の人たちは……どうするのよ。見捨てるっていうの?」
「……悔しいですが、結果的にそうなります。もし一度でも誰かを救出して騒ぎを起こせば、確実に僕たちの存在や潜入が連中にバレます。そうなれば手遅れになる。だからこそ、冷徹に優先順位を決めなければいけないんです」
「それなら、他の街にいるレナやテラに連絡を取って、協力を仰ぐ手だって――!」
「そんな時間の猶予が残されているとは思えません。レリックはかなり焦っている様子でした。これ以上追い詰められれば、奴らがいつ強硬手段に出てミズキ様を本当に殺してしまうか予想もつきません。それに、巫女が三人も一箇所に集まれば、それだけで敵側の警戒網を跳ね上げてしまいます」
「……でもっ!」
「気持ちは痛いほど分かります。でも、今の圧倒的に不利な状況で無謀な理想を追っても、結局は全員が共倒れになって犠牲が増えるだけです。僕たちは万能な神じゃない。欲を出して動けば、自分たちの命すらあっさり失うことになる。そうなる前に……僕はあなたの命を何よりも最優先にして動きますよ。エルフの村の長からも、あなたを頼むと任されているんですから」
シンの真っ直ぐな言葉に、セレネは悔しそうにぎっとシンを睨みつけた。どうしてそんなに冷淡で、現実的なことばかり言えるのかと、怒りと悲しみが入り交じった感情が胸を突く。
だが、その直後、シンの引き締まった顔の奥にある、わずかに歪んだ苦渋の色を見つけた。彼は冷酷だから切り捨てるのではない、自分を護るために、あえて泥を被るような過酷な選択を飲み込んでいるのだと気づき、セレネははっと息を呑む。
「……ごめんなさい……私、頭が真っ白になって……」
「……謝る必要はありません。ひとまず、僕が単独で地下への侵入ルートを探してきます。セレネはここに残っていてください。神殿側がまだこちらを警戒している可能性がありますから」
そう言い終えると、シンはセレネの返事を待つことすらせず、素早く身支度を整えて部屋の扉を開けて出ていった。
一人残されたセレネは、自分の浅はかさと、シンの背負っている覚悟の重さを痛感し、ぎゅっと自分の両手を握りしめた。
一方で、廊下を歩き出すシンの足取りは、決して軽くはなかった。
(自分でも驚くぐらい、冷淡なことを言った自覚はあります……。でも、綺麗事や理想論だけでは、目の前の命すら守れないからこそ、非情になって優先順位を決めなければならない)
シンはそのまま何食わぬ顔で街の表通りに出ると、散歩をしている旅人を装いながら、神殿の裏手に続く地下水路の入口を探し歩いた。幸い、人の気配が途切れた物陰の死角に、古びた排水用の鉄格子の入口を見つける。周囲に誰もいない瞬間を狙い、シンは音もなくその中へと身を滑り込ませた。
足元を冷たい地下水がちょろちょろと流れる暗い水路の中、シンは掌から微細な治癒魔法の余波を広げ、周囲の生体反応を探るサーチを展開しながら静かに歩を進める。
しばらく進むと、前方の暗がりから微かな人間の反応を捉えた。シンはすぐさま脇のコンクリートの出っ張りに身を隠し、息を殺す。
ジャッ、ジャッ、と水音を立てながら、神官服を着た男が二人、雑談を交わしながらこちらへ歩いてくる。
「まったく、あの頑固な小娘め……いつまで口を割らないつもりだか」
「上の連中もイライラしてるし、いよいよ見せしめを実行する段階かもな」
そんな不穏な会話を交わしながら、二人の神官はそのまま水路の外へと去ってい設営していった。
周囲に再び人の反応が完全に消え去ったことを確認すると、シンはさらに警戒レベルを上げ、地下水路のさらに深い奥へと足を進めた。
水路の湿った空気が一層冷たくなり、異様な臭いが鼻をつくようになった頃、通路の先から再び複数の生体反応が捉えられる。
(……ここだな)
慎重に角を曲がると、薄暗い照明に照らされた通路の先に、二人の神官が立っているのが見えた。その視線の先には、頑丈な鉄格子で仕切られた牢獄のような一角があり、松明の光の中にぐったりとした人影が囚われている。
神官たちが何やら話し合いながらこちらの通路に向かって歩き出してきたため、シンは反射的にすぐ近くの壁の陰へと飛び込み、いつでもいつでも抜刀して迎撃できるような臨戦態勢で身を潜めた。
幸い、足音を完全に消していたシンに気づくことなく、二人の神官はそのまま通り過ぎていく。
緊迫した空気の中、彼らが完全に遠ざかったのを確認すると、シンは素早く音もなく鉄格子の前へと歩み寄った。
そこに横たわっていたのは、痛々しい傷だらけの身体に魔力封じの枷をはめられた、水色の美しい髪を持つ小柄な少女――水の巫女ミズキその人だった。
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